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 5,女王の結婚


 女王を補佐するのに騎士が二人っていうのは、わからないでもないけれど。
 何で、「夫」となるわけ? しかも、二人? 何、その逆ハーレム状況は。
 これが小説で、私が読者ならヒロインを羨ましく思うところだけど、当事者になったら戸惑いの方が大きい。
 なんてったって、彼氏いない歴十六年よ? 私は。
 お父さんが過保護だったし、通りすがりの男子に良い思い出がないから、積極的に恋愛しようと思わなかったせいもあるけれど。
 恋愛経験ゼロなのに、いきなり二人も旦那が出来るだなんて、あり得ないっ!
 思わずいきり立つ私に、
「この国は「星」に選ばれた女の子が治めるんだ。だから、女王の子供だからと王位を継げるわけじゃない。王位を継ぐに相応しい力を持っていることが大事で、出自が全く関係しないというわけではないけれど、実力主義によるところが大きい」
 ブランシュはにこやかに笑って、ややこしい事情を説明してくれる。
 けれど、混乱している私の頭にはわかるような、わからないような。
「でもね、「星」も「太陽」も「月」も、その世代では実力を認められた稀有な人材であるわけだから、その血を継いだ子が「星」や「太陽」、「月」になる可能性も大きいでしょう?」
「だから、くっ付けるわけ?」
 より良い子孫を作り出すための、一種の政略結婚じゃないかしら?
 そこに愛情とかあるのなら、私が口を挟む問題でもないでしょうが。何だか、(いびつ)な関係のように思えるわ。
「まあ、「星」や「太陽」、「月」にその気がなければ、子供なんて生まれないよね?」
 そう言いながら、ブランシュは私に笑いかける。曇りのない眩しい笑顔に、くらくらしそう。
 ……この人は、「星」の夫になることに抵抗がないらしい。
 本気なの? それとも「ローズ」って人の夫になら、いいってこと?
 私は肩越しに魔王男――ヴェールを振り返った。
 彼は目が合うと、私から逃げるように翡翠の瞳をそらした。
 その反応は、どう解釈したらいいのかしら?
「ヴェールは先々代の「星」と騎士の息子だよ」
 私の耳に触れたブランシュの声は、ただの説明であるだろうに、暗く陰っていた。
(――?)
 何かが意識に引っかかったけれど、私は気になることから解決していこうと、ブランシュに視線を戻しながら問う。
「……それで、そのブランシュさんとヴェールさんは、ローズさんと……その」
 私が「ローズ」だっていうことは、ひとまず置いておく。
 大体、私には「真姫」という名前と十六年の記憶がある。人違いなのは明確だ。
 ただ、間違えられたままだと、私はこの人たちの妻ということで……結婚しなきゃならなくなる。
 形だけというのならばともかく。寝室が繋がったあの部屋で眠るなんて、乙女の危機を感じるわ。
 何度も言うけれど、私はまだ十六歳よ。少女向けの小説を読んで、恋に恋しているぐらいで丁度いいの。まだ、大人になるつもりなんかない。
 大体、好きでもない相手と結婚なんて、嘘でしょ?
 誰か、お願いだからこれは夢だと、私を現実に引き戻して欲しい。
「ブランシュで構わないよ、ローズ」
「私は真姫よ」
 現実に(すが)るように、私は私の名前を口にした。
 十六年、私が私であったことを証明する記憶と名前を譲ることはできない。
「ローズだよ」
 有無を言わさぬ強い口調で、ブランシュは言い切った。思わず、気圧される。
 優しい態度や細やかな気配りで、温和な印象を受けるけれど。金髪王子の中味は芯が通った頑固者なのかもしれない。
「どうして?」
 私は喉の奥から声を出す。
 このまま言い負かされたら、私はどうなるかわからない。
「ローズ」として、この人たちの妻になれっていうの?
 それはつまり「星」――女王になるということだ。
 私が女王? 国を治めるなんて、十六歳の小娘に――少なくとも、日本という国で育った一介の女子高生には無理な相談だ。
 クラスメイトの中には、自分の国の首相の名前すら知らないって、言ってしまう子もいるのよ?
 それを公言している時点で、国政に対する知識や関心の程度は知れる。そして、私はさすがにそこまではいかないにしても――首相の名前くらいは知っている――国の仕組みなんかよく理解していない。
 そんな子供が一国を背負うなんて、子供に世界を救わせようとしているゲームみたいね。
 それは虚構(きょこう)――ゲームやマンガ、小説だから成り立つ話で、実際問題となったら、大人は何を考えているの? って、話になる。
 もっとも、私のような子供がそのまま年を食ってしまった大人なら、どこの誰とも知れない人間を平気で女王に据えちゃうのかしら?
 この世界の常識が、私が持っている常識とは――今までの生活で(つちか)われた――違うの?
「だって……私。あなた達のこと、何も知らないのよ? 大体、ローズが行方不明になったって言うのはいつの話?」
「一年前だよ」
「やっぱり、辻褄(つじつま)が合わないじゃない。私には十六年の記憶があるわ」
 この人たちが語るローズと私とでは、一年という矛盾を埋めることはできない。
 絶対に人違いだと確信を深める私に対して、ブランシュは声を暗く響かせた。
「ローズはね、巻き戻しの魔法を実行したんだ」
「……巻き戻し?」
 目が覚めたあの時も、そんなことを言っていた。
 魔力とか魔法とか、この世界には普通にあるのね。そんな世界なら、私の常識で測ろうとするのがそもそもの間違いなのかもしれない。
 そうして、日本と違うここでは、十六歳という子供とみなされる年齢であろうが、大人として扱われるのかもしれない。
 子供として甘えられた日常が遠く感じる。
 それは、感情を削ぎ落としたようなブランシュの声が、否が応でも私の心を(さら)うから?
 私は青い瞳の奥に、無理矢理凍りつかせたような怒りを見つけていた。
「ローズは呪いを受けたんだ。それは呪われた人間の魔力を食らい尽くして、殺すという魔法だった。ローズはその呪術を解呪するために、自らの身体を、魔力を持つ前の状態に変化させた」
「……それって」
 聞いたらお終いだという予感はしていたけれど、青い瞳に囚われて目がそらせなかった。
「自身の成長を巻き戻して、――ローズは自らを赤ん坊に戻したんだ」
 バンという何かを叩きつけるような音が背後でして、弾かれるように振り返れば、ヴェールが自分の中に溢れた何かを持て余したかのように、(こぶし)を壁にぶつけていた。




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