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 20,異端の女王


 女王が()べるのは、「太陽」と「月」の二人の騎士団長を頭にした騎士団。
 議会が統括するのは、軍と警察。
 ヴィエルジュの国は、女王と議会によって動いている。
 それは実に単純な構図だ。
 議会は女王を選ぶ権限を与えられている。だから、自分たちに都合のいい女王が欲しい。ただ、民衆の目があるから決まり事は――女王となる女性は魔力に()けていなければならないという条件は――無視できない。
 その無視できない条件で、恐らくローズは女王に選ばれたんだわ。
 そして、議会と敵対したから、議会に睨まれ、殺されかけたということかしら?
 再び馬車に揺られながら、私はブランシュの言葉の意味を考えていた。
 ――君が変えるんだよ。
 彼の発言は、ローズがこの国を変えようとしたから、命を狙われたのだという風にもとれる。
「女王って、大体、どうやって選ばれるの?」
 急に思い至ったように声を発した私に、ブランシュの青い瞳が動く。
 馬車の中を満たしていた沈黙が破れて、ヴェールとグリシーヌも呪縛から解かれたように動いた。二人とも、石のように固まっていた。
 さっきの出来事が重たく、私たちそれぞれの心に圧し掛かっていたの。
 誰もがあの状況を良しとしていないことは、わかったわ。変えなきゃいけない。それがわかっていても、直ぐに動けないもどかしさが、心を重くする。
 息苦しい空気を揺るがせて、ブランシュの声が私の問いに答えた。
「数年に一度、候補生が集って、審議会みたいなものが行われるんだ」
「……審議会?」
「イメージ的に言えば、競技会かな。能力を比べる大会みたいなものだよ」
 そんなもので、決められているの? と、私は驚く。
 まあ、能力が優秀でなければ大会でも勝てないのだろうけれど……。
 私の微妙な表情に気づいたのか微かに苦笑して、ブランシュは続けた。
「それは一種の見世物であるんだ」
「見世物?」
「将来、自分たちの国を守護する者たちの能力を見定める――そういう意図で、審議会は大勢の人間の前で公開されて行われる」
「それは一般市民に公開されているということ?」
「そう、そこで女王候補は己が持つ魔力を顕現させ、人々に能力を見せ付ける。その魔力が強ければ強いほどいいんだ。何故なら、女王の魔力は国を災厄から守る楯だ。人々は安心するよね」
 ああ、だから議会の都合だけで女王を決めることはできないのね。
「騎士も?」
「基本的に審議会で選ばれるのは、「太陽」と「月」の騎士だけなんだけどね。魔力だけではなく、剣の腕も試される」
 その審議会で、ブランシュとヴェールが抜きんでたから、二人はローズの夫に選ばれたということになるのかしら。
「どれだけの人数が参加するの?」
「審議会自体は少人数で競われるよ。出場する人間は予め数人に絞られているんだ」
 士官学校の成績や推薦で選抜されると、ブランシュは教えてくれた。
「その審議会で能力を認められて、「星」や「太陽」、「月」になるのね」
「うん。だから、そこで能力を示せば、誰でも――まあ、多少の人間性や品格は問われるけれど――女王の騎士にもなれる。だから、騎士を目指す人間が多いんだよ」
 ……身分を問われないから皆、立身出世を夢見る。この寂れた町を見ていれば、そういう世界を目指そうとする人が多いだろうと実感した。
「ねぇ、……他の女王は? 他の女王は、私のように狙われなかったの?」
「……僕たちは君の騎士だから、他の女王のことはわからない」
 微かに目を伏せて、ブランシュが答えた。
 ああ、そうか。「太陽」と「月」の騎士が女王の夫だったなら、女王が退(しりぞ)けばそのまま騎士も引退するのね。
 新しい女王に釣り合う年齢の騎士が新たに選ばれたなら、騎士団もそれに応じて、新しくなるんだろう。
 ヴェールがアメティストを引き抜いたことから見て、騎士団は「太陽」と「月」の騎士が選ぶのかしら。
 動かしにくい人選だと、騎士団として動けなくなるから、多分、能力的なことを考慮しつつ、信頼できる人たちを選んでいると思う。
 だから、かなりの人数が女王即位に伴い、入れ替わるのだろう。
 それによって歴代の女王たちのことを、詳しく把握している人が少なくなっているんだわ。
 女王と騎士との間に、恋愛感情があったのかどうか。グリシーヌに聞いても、答えられなかったように。
 ――そう言えば、ヴェールの両親は女王と騎士だっていう話だ。
 ヴェールに聞けば何かわかるかしら?
 隣に座ったヴェールに目を向けて口を開きかけたところで、ブランシュの声が私の意識を攫う。
「ただ、歴代の女王は貴族から出ている」
「――え? そうなの? 出自は関係ないって言っていなかった?」
「関係はないよ。魔力が強かった女性が、貴族だったということになるのかな……」
「そうなんだ?」
 歯切れの悪いブランシュに視線を戻して、私は首を傾げた。
 彼は無言で首を頷かせた。
 市街の門を抜けてからこちら、ブランシュの表情はやや硬い。
 私の心をざわつかせる寂れた町の光景が、ブランシュにも同じように影を落としているように感じられた。
 魔力が誰よりも優れていれば、女王になるのに出自はあまり関係がないと言っていた。孤児だったというローズが女王になったことから、その辺りは証明されている。
 ただ、実例はなかったということ?
 貴族から出た女王――議会の半分は貴族だというから、今までの女王は議会と懇意(こんい)だったみなすべきでしょうね。
 やはり、ローズは歴代の女王の中でも異端だった。
 孤児であり、議会と敵対し、国を変えようとした。
 華やかな世界の人々が守り続けた玉座を、どこの誰ともわからない人間に奪われたら、他の女王候補は――その人たちはきっと、貴族だろう――腹立たしかっただろう。
 議会は思うままにならない女王が(うと)ましかっただろう。
 そんな負の感情を背負いながら、改革を推し進めようとしたローズの命が狙われるのは必然と言うべきかしら。
 でも、だからって。命を差し出せるわけがない。
 第一に、私は……ローズが、間違ったことをしていたようには見えない。
 彼女は、この寂れた町を変えようとしていた。
 犯罪が何も処罰されずにまかり通っているということは、ここに議会の力が及んでいない――もしくは、議会がここに住まう底辺の人たちを切り捨てた――証拠だ。
 昨夜面会したグルナ議長とテュルコワーズ副議長の顔を思い出す。
 どこか冷徹な印象を受けた議長は、この町の人たちを切り捨てるのに躊躇しなさそうだ。
 そして、副議長の無関心さは――自分の体型管理ができていない様を見ると、そういうタイプに見えてしまうの――この町の現状にも、関心がなさそうだ。
 窮状を訴えたとしても、彼らは揺るぎそうには見えない。
 それを見過ごさずに、変革を求めたローズを、私は支持する。
 お金や地位を持っている人ばかりが偉いだなんて、そんなの変でしょ?
 正しいことをしている人が安心して暮らせる世の中が、人の世の在り方でしょ?
 青いとか、理想論だとか言われても、いまどきそんな熱血は流行らないと笑われても、正しいことを正しいと主張できない世界の方がおかしくない?
 私は一介の女子高生だ。政治のこともよくわからないわよ。
 色々、駆け引きだってあるのかもしれない。綺麗ごとじゃ済まされないこともあるのだろう。
 けれど、この国の女王に求められた魔力はこの国の人たちを守り救うためのものだとすれば、私は困っている人を守りたいわ。助けたいわ。
 そういう意思を尊重して、この国の女王制度が出来上がったのだと、私は信じたい。
「――私、負けたくないわ」
 ぽつりと呟く言葉の意味がどれだけ、ブランシュやヴェールに伝わったのか、わからない。
 だけど、ブランシュもヴェールも、真剣な眼差しで頷いてくれたから、私は私でがんばろうと思ったの。




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