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 39,夢の崩壊


 聖堂の入り口から次々と消えていく騎士たちを、私は二人の騎士に挟まれて見送る。
 暫くして人の波が完全に引いてしまうと、聖堂には私とブランシュとヴェール、ディアマンの四人だけが取り残された。
「議長は……どうなるの?」
「裁判にかけられるだろうね、ここに在る証拠で有罪は確定だろう。魔力、身分を剥奪(はくだつ)され、幽閉――もしくは国外追放が妥当な処分かな。彼が犯した罪は重いけれど、彼が議会長としてこの国を担ってきた功績も大きい。恩赦(おんしゃ)で極刑は免れるだろう」
 ブランシュがデジタルビデオカメラをディアマンに預けながら、言った。
「魔力……って、なくせるの?」
 私はそっと尋ねる。議長は私の魔力で、他国との間に争いを起こそうとしていた。
 戦争の火種になるほど、私の魔力は強いの? それは在ってよい力なの?
 世界を混乱させるほどの力なら……私。
「ローズが受けた呪いみたいなもので、奪うことは可能だよ」
「……ああ」
 魔力を食らい尽くして、果てはその人の命も奪う。魔力を使えば疲労が伴うところから見て、魔法って割と命と直結しているんじゃないかしら?
 そんな疑問を口にすれば、ブランシュがあっさりと頷いてきた。
「強い魔法は術者の命を削る。だからね、女王は国民に尊ばれるんだ」
 ――命を削って、国を守ろうとするから?
 目を見開けば、ブランシュは柔らかく微笑んだ。
「とはいえ、そんなに大きな魔力を必要とする災厄は訪れないよ。第一に、女王一人を犠牲にしないよう、僕たち騎士団がいる。安心して、ローズ。僕たちは君を死なせたりしない――議会が結婚制度を持ち込んだせいで、騎士の在り方が歪んでしまったけれど。本来の騎士は女王を支え共に国を守る者――女王の同志だ」
 ブランシュが傍らの二人の騎士、ヴェールとディアマンに視線を向け、そうして私を見据えた。
「僕らは自らの誓いによって――女王である君と共に、この国を守るよ」
 ブランシュの言葉に、ヴェールやディアマンが頷いた。
「うん」
 私はその頼もしさに、笑った。私は一人じゃない。それが堪らなく、嬉しいの。
 それにしても、議長は結局私を駒として利用することしか考えていなかったのね。
 他国を滅ぼそうとするほどの魔法なら、きっと命を費やすくらいの魔力が必要だろう。だとすれば、この国の女王は他国を攻めることなんてしない。だって、自分が死んじゃうことになっちゃうのよ? 暗黙の了解以前の問題だわ。
 きっと、私に「ローズ」としての記憶が残っていなかったから、議長は暴走してしまったのね。私を簡単に騙せると思って。
 と、聖堂の入り口にヒョッコと丸いシルエットが覗いた。特徴的なシルエットは、他ならぬテュルコワーズ副議長だった。
 丸っこい身体が転がって来るような、そんな錯覚を引き起こす速度で、副議長はこちらに駆け寄って来た。
「計画は中止だということだが――何があったのかね」
 そわそわと視線をさまよわせる副議長の太い指先には、小さな鳥がとまっていた。どこかで見たことがあると思ったら、ブランシュの魔法が具現化した白い鳥の縮小版だ。
 なるほど、それで内側にいたブランシュたちと連絡を取り合っていたんだろう。
 さすがにこちらでは携帯電話は使えないわよね、アンテナなんてないし。
 デジタルビデオカメラはバッテリーの心配があるけれど――「地球」にいた私を守るため、色々なものに魔法を掛けていたことを思い出せば――「地球」と「星界」の行き来はそんなに難しくないみたいね。
「地球」の文明に干渉している時点である意味、答えが出ていたわけだけど。問題があるとしたら、二つの世界では異なる時間の流れかしら。
 でも、いいの? そんなに異文化交流が盛んで。
 そう首を傾げていると、副議長と目があった。ぷっくりと(ふく)れ上がった頬が紅潮して、不意に焦ったように上着を脱ぎはじめた。
 ――何で、服を脱ぐのかしら?
 副議長に対しての印象は、ブランシュが信頼しているということで、私の中では少し好転しているのだけれど、意味不明の行動に訝しさを隠しきれない。
 そんな私に、副議長は脱いだ上着を差し出してきた。
「どうぞ、お使い下さい」
「……はっ?」
「おみ足が寒そうです」
「……足?」
 私は自分の身体を見下ろした。制服のスカート丈はミニだから、こちらの世界の服装観点から言えば、確かに寒そうに見えてもしょうがないと思うけど……。
「この間は議長が居りました手前、ご忠告できませんでしたが。あまり殿方の前で女性が肌を見せますのは如何かと思いますぞ、女王陛下」
 スカートの裾を軽く持ち上げる――すりむいた膝小僧の怪我は、もう血が乾いていた。後で傷口を洗って、消毒しなくっちゃ――私から視線を逸らしつつ、副議長は言う。
 顔を真っ赤に染め、丸っこい身体を小さく縮めて呟く姿は――恥ずかしそうで……。
 もしかして、この人ってスケベ中年じゃなくって、照れ屋さんっ?
 晩餐に招待されたときに、私の胸を見て顔を赤くしていたのは……目のやり場に困ったから?
 副議長との初対面の場面を思い出す。
 あのドレス、ちょっと胸元が大胆だったものね。スケベ男なら喜びそうな感じだけれど、うぶな人には刺激が強いかもしれない。
 第一に、こちらの世界はそれほど露出(ろしゅつ)が多いわけじゃないから……ミニスカートなんて、とんでもない代物かも。
「ありがとう……」
 意外な真相に私は戸惑いながらも、副議長から上着を受け取った。
 この場合は副議長の目から足を隠すべきなのかしら? どうやって?
 何にしても、思い込みで人を判断するのは駄目ね。反省、反省。
 視点が変わったせいか、副議長の丸っこい印象が、何だかとっても可愛らしく見えてくる。私って現金よね。
 扱いあぐねた上着から皆の視線を逸らすように、私は口を開く。
「それにしても、副議長とブランシュが仲良かったなんて、びっくりだわ」
 驚きを外に出してみると、四人の目が丸くなった。
 やがて、四対の目が互いに交差(こうさ)する。
「……もしかして、誰もローズに教えていないの?」
 ブランシュが慎重に尋ねるのに対して、ヴェールとディアマンが揃って首を振る。
 ――何かしら?
「だって、そんな俺たちが勝手に言っていいもんじゃねぇだろ?」
「ヴェール、気が利くことを言ってくれて、ありがとう。君の人間的成長を見守っている僕としては嬉しいけれど……。どうして、こんな時ばかりに、そんな配慮をするんだい?」
「何か、馬鹿にされてねぇ?」
 眉間に皺を刻み、唇を歪めて魔王化するヴェールの傍らで、ディアマンが口を差し挟んだ。
「これはブランシュ様ご自身から告げるべき事柄だと思います」
「いや、理屈はわかるけれど。なかなか、当事者からは言い出しにくいことだよ?」
 眉をひそめるブランシュに、ディアマンがさらに顔を寄せる。
「ご自身が口に出しにくいことを、他人に肩代わりさせないでください」
「そうだ」
 ヴェールに追い打ちをかけられて、ブランシュは降参したみたい。私に視線を戻しながら苦笑する。
「てっきり、誰かが耳に入れてくれていると思っていたんだ」
「何……?」
「あのね、副議長は僕の父なんだよ」
 そう言うブランシュの横に、副議長はたっぷりとしたお腹を揺らしながら立った。
 どこか誇らしげに副議長が胸を反らせば、シャツのボタンが今にも弾けそう。
 まったく似ていない二人を見比べて、

「――嘘でしょっ!」

 そう叫んだ私の気持ちは、乙女ならわかってくれるわよね?
 似ているところを探せと言われると、本当に困ってしまうくらいに、ブランシュとテュルコワーズ副議長は似ていないのよ。
 金髪王子とちょっぴり太めの―― 一応気を使って、控えめの表現をしてみる――ハゲオジさんが親子だなんて、信じられない。
 だって、ブランシュの話に聞いた限り、彼は父親似だって言うじゃない。そりゃ、容姿が似ているなんて一言も言ってなかったけど、普通、想像するところは美形のお父さんじゃない?
 っていうことは、何っ?
 将来、金髪王子はハゲちゃうの? 中年太りするのっ?
 童話に出てくるような美貌の王子様が、二、三十年後には副議長の姿になっているの?
「親子ってことは、ブランシュの卵型の顔立ちが肉まんみたいにふっくらモチモチしちゃうの? サラサラの金髪が、つるつるのハゲになっちゃうの? しなやかな体躯がダルマみたいに膨れちゃうの?」
 二人が親子だっていう事実は、それは乙女の夢をぶち壊してくれるのに十分な衝撃だった。
 あまりの破壊力に私の頭はくらくらになって、頬の痛みも忘れて叫んでいた。
「嘘よっ! 絶対に認めないわっ! ブランシュがハゲちゃうなんて、嫌よっ!」
 私の声は静かになった聖堂に響き渡り、その残響が鎮まる頃、小さな嗚咽(おえつ)が副議長から漏れるのを聞いた。
「――父上、もしかして泣いているのですか?」
 ブランシュが尋ねると、副議長は分厚い指で顔を覆って肩を小刻みに揺らしていた。
「……えっ?」
 大人が泣いているという、あまりの光景に目を瞬かせていると、三人の騎士たちの視線が私を突き刺した。
「ローズ、ハゲにハゲって言うのは酷くねぇ?」
 そう責めるアンタも言っているわよ、ヴェール。
「ローズ様、真実とはいえ、ご本人を目の前に肉まんは駄目です」
 ディアマンも注意してくるけど、遠まわしに言っているから!
「ダルマは酷いな」
 微苦笑をこぼしながらも、ブランシュは爽やかに、
「ああ、ローズ。安心していいよ。僕の容姿は母上似だからね。父上のようにハゲることはないし、膨れたりしないから」
 ――(とど)めを刺した。
 な、……何気に酷いわよ。アンタたち。
「あんまりですっ! 女王陛下。私とて、好きで膨れたわけではありませんし、ハゲたわけでもありませんぞ」
 ブランシュと唯一特徴が同じである青い瞳から涙をこぼして、副議長は訴えてきた。
 えっ? ――何? 私一人が悪者なの?
 ちょっと、それはあんまりじゃない?
 あ、もしかして……これは報復なのかしら。皆を心配させちゃったから?
 それはとっても悪かったと思う。
 でも……このお仕置きは――。
「それぉそれぉ、あんまりですぞ!」
 まんまるオジさんの青い瞳からこぼれる涙は、脂ぎった頬の肉に弾かれて、ポロンポロンと転げていく。
 まるで生きているみたいなそれは……。
 ちょっと、結構大変な一日だったというのに、そんなことどうでもよくなっちゃうくらい、笑っちゃいそうよ!




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