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 キオクの棘

 ― 序 ―


 記憶の始まりを覚えていますか?
 わたくしの記憶の始まりは、この目がまだ光を知らなかったときから始まります。
 一年の終わりを告げるように、鳴り響いていた鐘の音が途切れた一瞬、声を振り絞って鳴いたわたくしの一声に、応えるように伸ばされた手が雪の残る草を掻き分ける音。
 そして、氷のように冷たく凍えたわたくしの身体に触れた、温かい指先。
 それが、わたくしの始まりです。
 要らない――と。
 打ち捨てられたこの命を、日向さんが拾ってくださったときから、わたくしという生き物はこの世に生を許されました。
 そして、わたくしは沢山の人の愛情と優しさ、思いやりに生かされています。
 日々を重ねていく過程で、わたくしは思うのです。
 どうすれば、わたくしは皆様の優しさに恩を返せるのでしょう?
 この小さき、犬と言う生き物のわたくしにできることは、きっとたかが知れていて。だからと、わたくしは何もしないでこの生を終わりにしたくはない、と。
 ここ最近、そればかりを考えています。
 生まれて一年と半の、わたくしの生は健康である限り、まだ尽きることはないでしょう。
 だからと、命尽き果てるそのときまで、安穏と生きていられる保証は一つもないということを、わたくしは知ったのです。
 それは甘い香りに知った、思いやりがすれ違ってしまった悲しい物語。


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