― 終 ― 「一つ、聞き忘れていたんだが、どうして犬が死んだ原因がハンバーグだって、わかったんだ? ネギを使ったすき焼きとか、可能性は他にもあっただろ?」 前置きもなく、天河さんが切り出されました。 場所は楓町駅前の喫茶店「ベガ」です。 長年、仲違いをされていた朱音さんとお父様が、和解されて一週間ほど日が経ちます。 日向さんは、天河さんが秋に向けて作るケーキの試食に借り出されていました。わたくしも、いつもの如くお供しています。 「――はぐっ?」 マロンクリームの甘い香りを漂わせていますモンブランを一口で頬張った日向さんは、口をもぐもぐと動かして、ゴクンと喉を動かしました。 「――ああ、五月だったし」 と、日向さんは言って、スイートポテトに指先を伸ばしかけたところを、天河さんに叩かれました。 「お前一人で、脳内完結するな。味見の意見を求められているんだから、食うことに専念するんじゃねぇよ」 日向さんは叩かれた手を撫でながら、「少し甘みが足りない」と唇を尖らせました。 「あっさりしすぎて、口の中に残らない。食べた気がしないかも」 「……甘すぎるのもクドイかと思って、甘さを抑えたのが裏目に出たか」 チッと舌打ちをこぼして、天河さんは首を傾けます。 「それで? 五月だと、何でハンバーグなんだ?」 「新タマネギの季節なんだよ。旬のものが何でも一番美味しいし、安く出回るだろ?」 それこそ、秋は栗やサツマイモ、カボチャみたいに――と。 日向さんは、スイートポテトを手に取りますと、口の中へ。 天河さんのお隣で、満天さんが「ああ」と呟きました。 「だから、旬の季節をあのときに確認したんだね?」 こくりと頷き、日向さんは喉を鳴らしました。 「多分、その頃だろうなって思ってはいたんです。うちの母親って料理好きだから、旬のものでおかずを作る。季節のものが安いし、身体にもいいって言って。朱音さんも料理好きだって言っていたでしょ? 家計を預かっているしっかり者だから、タマネギを上手く使っていたんじゃないかなって」 「……タマネギだったのが、残念だったね」 満天さんはひっそりと息を吐きました。 他の料理でしたなら、コロンさんがお亡くなりになることはなかったのでしょう。 「お父さんに聞いた限りじゃ、コロンもハンバーグをそんなに食べたわけじゃなさそうなんだ。もしかしたら、何かの病気を抱えていたのかもしれないし、老犬だったから寿命だったのかも知れない。……ハンバーグもショックを引き起こす原因にはなったかもしれないけれど、それが直接の原因かは……」 どれだけ願ったところで、時間が巻き戻せるわけではありません。沈黙が重たくのしかかります。 そんな場の雰囲気を察してか、満天さんが明るい声を発した。 「そう言えば、朱音さんはお家に戻ったんだよね。良かったね、日向君。全部君のお手柄だよ」 「――へ、そうなんですか?」 カボチャのプリンに手を伸ばしかけた日向さんは、驚いていました。その顔を見て、満天さんもまた驚きます。 「あれ? 日向君は聞いていないの?」 「全然。満天さんは誰から?」 「水鳥から、メール貰った」 と、天河さんが事も無げに告げられて、日向さんはつぶらな目を真ん丸く見開きます。 「何で呼び捨て? っていうか、メアド教えたの?」 「いや、教えてくれって言われて。何だ、お前は聞かれなかったのか?」 少しだけ意外そうに、天河さんは唇をへの字に曲げました。 「――ズルっ! 何で、天河ばっかりモテるんだよ? 女性客さんからも、結構、携帯番号を聞かれているしっ!」 日向さんは抗議するように声を張り上げ、カウンターの天板に突っ伏しました。 「俺だって、彼女欲しいっ!」 「まだ、そういうところまで行ってねぇよ。っていうか、オレがモテるっていうより、お前がモテなさすぎるんだろうが」 と、天河さんは確信を突いて来るような事を言いました。 ……天河さん、それを言ってしまったら、日向さんの立つ瀬がありません。 そう思ってしまうわたくしは、薄情な飼い犬でしょうか。 ですが、日向さんの素晴らしさは、わたくしが一番存じ上げています。いつの日かきっと、日向さんをご理解してくださる素晴らしい女性が現れますとも。 ええっ、きっと! 必ず! だから、めげないで下さい。 「――日向君。もしかしたら、まだ諦めるのは早いかもしれないよ」 ポンポンと背中を叩かれて、日向さんは顔を上げました。 「――えっ?」 満天さんが指差す方向を振り返りますと、オレンジとグリーンの二色に色分けされた可憐なお嬢さんたちが、ドアを開いてやって来るところでした。 水鳥さんのお隣で、少し緊張したような面持ちで、 「――こ、こんにちは」 朱音さんは挨拶されますと、眩しそうに目を細めて微笑まれました。 初めて見ますその笑顔に、わたくしは嬉しくなって尻尾を振ります。 「――こんにちは、朱音さん!」 「キオクの棘 完」 |