― 2 ― 百年に一度、〈ゼロの災厄〉と呼ばれる日が訪れる。 何故、百年に一度なのか、誰にもわからない。 言い伝えに寄れば、その日、昼と夜に身を変え、世界を保護している二人の神が生まれ変わるらしい。 言い伝えであって、それを証明するものは何もない。ただ、〈ゼロの災厄〉のその日は、夜も昼もなく、太陽も月も出ない。 闇があるわけでもなく、光があるわけでもない。 雲が覆っているわけでもないのに、灰色の空が頭上に広がる。夜を迎える時刻になっても闇は訪れない、そんな一日。 その日は、世界を守る神の加護が失われる。 この世界は二人の神の加護を受けた箱庭。だが、その加護を失う日、異世界から流れてくる来訪者がいる。 それら来訪者を、総じて魔族と呼んでいた。 人の形をしたもの、獣の形をしたもの、形すら無きもの。 彼ら魔族は、人より大きな能力を持ち、長い寿命を持つ。それ故に、人を見下し支配しようとして、人と魔族は事あるごとに争ってきた。 魔族が来訪する――それを〈ゼロの災厄〉と呼ぶ。 その規模は時々によって変わるが、最悪、文明崩壊。 それまで築いてきた歴史が無へと――古代語で無をゼロと呼び、全てがゼロへと返ることから、いつしか人々は〈ゼロの災厄〉と百年に一度のこの日を恐れた。 そして、〈ゼロの災厄〉に備えるべく設立されたのが、冒険者学校。魔族と戦う戦士たちを育てるのが目的に作られた学校から排出されるのは、剣に優れた者。補助・生命魔法を操る者(これを白魔法師と呼び)。攻撃魔法を操る者(こちらを黒魔法師と呼んでいる)――などなど。 ユウナが冒険者を目指したのは、両親が勇者と呼ばれていたから。 先の〈ゼロの災厄〉によって、来訪してきた魔族に約八十年近く支配された西の大陸を解放した。 父も母も、黒魔法師だった。元々、別々のパーティに在籍していたが、戦いの途中で仲間は散っていった。最後まで生き残った二人が魔王と呼ばれた魔族を討ち、西の大陸は解放された。 そんな二人の冒険譚を聞かされて、ユウナは両親から譲り受けた魔力を自分でも役立てられたらと思った。 そうして、冒険者学校に入ったユウナは素質を認められた。何もかも順調だと思っていたとき、実戦実習で躓いた。 頭が真っ白になって、魔法の呪文を度忘れしてしまったのだ。 以来、実戦では一度も魔法を成功させたことがない。これで最後だと言われた卒業試験にユウナは魔弾を持ち込むという方法で、挑んだ。 どんな形であれ、認められたかった。冒険者として一人前になれないのなら、魔法アイテムを作るという形ででも、いいと思った。 ……僕のこの能力は、誰かを助けることが出来て。 …………〈ゼロの災厄〉に怯える人たちを、一人でも救えることが出来るはずだったから。 卒業が認められれば、何かしらの形で、貢献出来るとユウナは思った。講師たちには諦めろと言われたけれど――。 『この世には生きることに諦められない人たちがいるんだ。生きたくて、幸せになりたいと願い、懸命にこの運命に抗おうとしている人たちがいる。父さんと母さんは、そんな人たちの助けになれたらいいと思うんだよ』 父は幼いユウナに、戦う理由を語って、笑う。 痩身に纏ったローブの下に、傷を沢山、抱えていることを知っていた。 仲間を失って、心もまた沢山、傷ついていた。 ……それでも。 父と母は、まだ人の世に害をなす魔族たちと戦っていた。その戦いは、きっと終わらない。 二年後、新たな〈ゼロの災厄〉が訪れるのだ。 どれだけの魔族がこちら側に流れてくるのか、わからない。 だからこそ、自分に出来ることをしたい。両親の思いは、ユウナの願いになった。 卒業試験は各クラスから――剣士クラス、白魔法師クラス、黒魔法師クラス――それぞれ一人ずつ振り分けられた三人編成のパーティで行われた。 このとき、ユウナが試験でパーティを組んだのが、グエンとサーラだった。 実戦実習では散々な成績しか残していないユウナだが、魔法理論も魔力の素質も、黒魔法師クラスでは群を抜いていた。 当然、試験ではレベルの高い者が当てられることになり、天才剣士としての才覚を発揮していたグエンや、今まで誰も習得することが不可能と言われてきた蘇生魔法を成功させ――動物相手ではあるが――「命の女神」、「生命の女王」などと賞賛されていたサーラが、ユウナの試験相手を務めることとなった。 二人の名前はクラスを違えど、ユウナは知っていた。 どちらも、在学中から「仲間に」と、誘いが来ていた。学校の講師たちも、二人は即戦力として通用すると鼻を高くしていた。 間近に迫っていた〈ゼロの災厄〉。その被害を最小限に止めるのは、魔族が来訪してきたその場を叩くのに限る。 時間を与えては、魔族と人が持つ能力の差は歴然としている。だから、支配権を与えないうちに倒すのが一番いい。 後二年まで迫った次の〈ゼロの災厄〉に、優秀な冒険者を輩出できるのは学校側としても誇りだろう。 そんな優秀な二人に対して、落ちこぼれのユウナ。 卒業試験は端から、ユウナを合格させるつもりは無かったのかもしれない。明らかな能力不足を見せ付けて、冒険者の道を諦めさせようとしたのかもしれない。 それに、早くに入学したから、グエンより、ユウナは四つも年下だった。 あと一年、時間を置いて――。 それでも駄目だったのなら――学習能力だけは高かったから――学校に残って講師になってはどうかという話もあった。 冒険者の存在は〈ゼロの災厄〉を過ぎても、必要不可欠だ。 魔族が来訪してくるのは、何も一定箇所とは決まっていない。それに魔族にも個々がある。大半が人を支配しようとして、大々的に動く。 だが、小さい範囲で満足するものもいた。 神々の箱庭であるこの世界は小さいようで広い。大陸も東西南北に四つある。 人知れず魔族の圧制に苦しんでいる小さな都市もあることだろう。 それに応じて、冒険者学校もその数を把握できないほどにある。 世界は沢山の勇者を必要としていた。その勇者を育てるためにまた、優秀な講師も必要なのだ。 確かに、そういう道もあるだろう。 でも、ユウナには魔法を作り出すことが出来た。理論を教えるのだけではなく、実際に形にして、魔族と戦えるだけの能力があるのだ。 魔弾というアイテムに魔法を込めることで、実戦の場でも魔法を発動することが出来る。ならば、現場に立って魔族と戦い、一人でも多くの人を救いたい。 講師の助言を聞きながらも、頷けないユウナがいた。 『――諦めたくないんです』 試験の現場で、どうして、そこまで冒険者になろうとするのか? と、グエンに問われて、返したユウナの言葉。 『自分が出来るかもしれない可能性に、目を瞑りたくないんです。本当に何も出来ないのならともかく、僕には父様や母様から受け継いだ能力があるんです』 二人の子供だからという思いも、あったのかもしれない。落ちこぼれのレッテルを貼られたままでいては、二人の名誉に傷がつく気がしないでもなかった。 でも、第一にユウナ自身が自分の身の内にある魔力の可能性を知っていた。 この能力は誰かを助けるための能力だと、信じたから。 『僕は僕に出来ることを知っています。だから、冒険者になります』 そう断言したユウナに、グエンは笑った。 『ねぇ、ユウナちゃん。俺の仲間になってくれない? 俺も、守りたい人たちがいるんだ』 無事に合格を迎えること出来たその場で、グエンはユウナを「仲間」に誘ってくれた。 『一緒に戦ってくれると、心強いんだけど』 『僕で……いいんですか?』 グエンが望めば、幾らでも優秀な仲間が集まるはずだった。彼には、後世に名を残す勇者の素質があったのだから。 『ユウナちゃんがいいんだよ。俺は勇者としての誉れなんて、欲しくない。大切な人たちを守りたい、助けたい。この気持ちに賛同してくれる奴じゃないと嫌なんだ』 そして、ユウナはグエンの仲間になった。 グエンは同じく、サーラにも声をかけて、学校を卒業したばかりの新米だけでパーティを組んだ。 『一人でも多くの人を助けられたら、いいね』 旅立ちの日、グエンはそう言って、笑った。 * * * 山に住み着いた魔族が、人々の生活を脅かしていると言って、レンが声をかけてきたのは、ユウナたちが食事を終えて、店を出ようとしたところだった。 給仕を務めていた少年は、ユウナたちの会話から三人が冒険者だと推測したらしい。 旅装に、グエンなどは腰に剣を携えている――まあ、いつどこで魔族と出くわすか知れない昨今、剣を持ち歩く者は決して少なくはない。 だが、癒し手の白魔法師は珍重される存在だった。冒険者のパーティでもなかなか、癒し手でもある白魔法師を仲間に出来ないでいる。 生命魔法は時に、術者の気力を大幅に削ぐ。治癒しようとする怪我が重度であればあるほど、術者に負担は大きい。 故に補助魔法を習得しても、生命魔法まで習得しようという魔法使いは少ない。 白魔法師でも、頭に「癒し手」と、付くと付かないでは、大きな隔たりがあった。 食堂での会話で、サーラは自らのことを「癒し手」として公言している。珍重される故に大事に扱われる「癒し手」は冒険者として現場に出ないのならば、重要職に就くのが例だ。 例えば、王家のお抱えの医師であったり――〈ゼロの災厄〉を前に、国家として長い歴史を築いてきた国は少ないが、それでも王を祭る国もあった。 だから、旅をする「癒し手」は、冒険者であることを名乗っているのと同じだろう。 『――奴らは金を出さないと、町を燃やすって。お願いです、奴らをやっつけて、オレたちを助けてくださいっ! 勇者様っ!』 そう訴えたレンの頼みを、グエンは一蹴した。 『あのね、助けてって、頼む相手を間違えてるよ。それは俺たちに言うべき言葉じゃないね』 |