― 3 ― レンを冷たくあしらうグエンの真意が、ユウナにはわからなかった。 『一人でも多くの人を助けられたら、いいね』 そう、グエンは言ったのに……。 目の前で助けを求めるレンを、どうして冷たく突き放すのか? 『グエンさん?』 戸惑って、真意を問おうとするユウナの腕をサーラが引いた。 『行きましょう、ユウナ。日没までには次の町まで行かないと、野宿することになります』 『って、さ、サーラさん?』 思わず強く引かれたために、ユウナはバランスを崩しながら薄紫色の瞳を振り返り、目を瞬かせる。 サーラの言動はレンの頼みを切り捨てるものだった。 『どうしてっ?』 『どうしても、何も。これは俺たちが解決すべきものじゃないでしょ?』 肘まで隠す手袋を嵌めた利き腕を腰に当てて、見下ろしてくるグエンの視線には、呆れが含まれているようにユウナには感じられた。 こちらの反応こそ、わからないという風で――。 だから、自分が何か、間違っているのかと思ってしまう。 『だって、魔族に困っている人たちがいるんですよっ? それを助けるのが、僕らの勤めでしょう?』 ユウナは自分の正しさを確認するように叫んだ。 『……魔族ね』 グエンは片目を瞑って、サーラに視線を投げた。 『姫はどう? 助けるべきだと思う?』 卒業試験で顔を合わせたときから、何故か、グエンはサーラのことを「姫」と呼んでいた。生命の女王などと賞賛されていた彼女に敬意を払ってのことなのかもしれない。 サーラはユウナの腕を掴んだままの姿勢で、首を振った。 白銀色の髪がシャラシャラと音を立てて、彼女が纏ったマントの胸元で踊る。 『いいえ。これはこの町の人々が片付けるべき問題でしょう。このような事象に関わっているならば、私たちは本来の目的を見失ってしまうでしょう』 『……だよね』 『本来の目的って! 魔族から人々を救うのが僕らの目的でしょう?』 二対一の不利な現状に、負けじと声を張り上げる。そんなユウナの視界には傷ついたようなレンの顔が見えた。 頼りにしたい勇者が、救済を拒んだ。 魔族に怯える彼らにとって、頼りにしたいのは自分たちだけなのに。 どうして、グエンとサーラは助けようとしないのか? 『――――ユウナちゃん、それ、本気? その言葉が、ユウナちゃんの本音なら、それこそ矛盾しているよ』 『矛盾って、何がですか? グエンさんの言っていること、よくわかりません』 『俺は……ユウナちゃんが今の話を信じきったことがわかんないよ』 レンを斜めに見下して、グエンは改めてユウナを見据えた。小首を傾げるようにしてこぼした笑みは、嘆息を吐く感じだった。 『まあ、それがユウナちゃんらしいと思うけどね。でも、今回はやっぱり駄目。助けてあげることなんて、出来ない。しちゃいけない』 キッパリと言い切る声の強さに、ユウナは目を見張る。 『――何でっ!』 『それが一番いいことだから。町の人たちも、もっと学ぶべきなんだよ。魔族がどんなものか』 『そうして、この町の人たちが町を燃やされるのを恐れて、お金を払ってもよいって言うんですか? 魔族相手に』 『それがこの町の選択なら、ね』 『そんなお金なんて、ないんですっ! ……奴らは次から次に請求してくるから……町にあった貯えも、もう底を尽きて』 レンの声が悲痛に、ユウナの鼓膜を叩いた。 少年の父親はこの町の町長をしていると言った。父親の苦悩を目にしているからか、レンの顔は現状を紡ぐごとに悲愴に歪んでいく。 それを前にしても、グエンもサーラも顔一つ変えない。サーラは元からとして、どうして二人はここまで冷淡にいられるのだろう。 『もういいですっ! 僕一人で、何とかします』 痺れを切らしたユウナは、自分の腕に添えられたサーラの手を振り払うと、代わりにレンの手を取った。 『二人は先に次の町に行ってください。僕は、この町の魔族を倒したら、追いかけます』 『ちょっ! ユウナちゃんっ?』 レンを連れて走り出したユウナの背に、グエンの声が追いかけてきたけれど、振り返らなかった。 そして、今に至るという……。 * * * 「魔族がいるのは、まだ先なんですか?」 レンから受け取った魔弾をリュックの中へ戻しながら、ユウナは山道を見上げた。道は一本道で、迷うことなく登ってきたが……。 ユウナは少しばかり自分の体力に不安を覚える。魔弾を使うだけのことだから、魔法を構成しようと気力を保つ必要はない。だけど、どのような場面で、どの魔弾を扱うべきかの判断は冷静さの元に下さなければならない。 グエンやサーラに対する憤慨とか、山登りの疲れで、判断を誤らないようにしなければならない。 そう自分に言い聞かせて、ユウナはレンを振り返った。 「あ、はい……後、少し」 そう腕を持ち上げて、道先を指差す少年の向こう、山道の脇を固めた木立が揺れた。 「――レンさんっ!」 ユウナが異変に気がついて、声を上げたときは既に遅く、少年の細い身体は屈強な腕に拘束されていた。 レンの首に腕を回し、少年の腕をねじりあげるのは四十代ぐらいの男だった。頑強な肉体に日に焼けた肌。その肌には刀傷によるものと思われる、皮膚が引きつった傷跡が多数見られることから、真っ当な人間ではないだろう。 (…………僕らと同じ、冒険者? 魔族の存在を聞きつけ、退治しに来た同業者?) 一瞬、ユウナの頭に過ぎる疑問。魔族と戦って、無傷でいられることなど少ない。 それこそ、剣技に冴えたグレンやどんな傷でも癒してしまうサーラなら、ともかく。 「あなたは……冒険者ですか?」 ユウナは相手を刺激しないよう、声音を押さえて尋ねた。 先ほどのレンの声を聞きつけて、男はやってきたのだろう。 「はっ! 冒険者だって?」 男が鼻を鳴らして笑う。 明らかにこちらを馬鹿にする態度に、男に対する警戒心が湧き上がる。 ユウナはズボンのポケットに入れておいた緊急時用の魔弾を取ろうと――リュックの中から取っている暇がない――手を動かしかけたそのとき、ガシッと腕を掴む強い力があった。 「動くな」 レンを捕らえた男とは別の、男の低い声が背中から命じられる。 腕をねじられると同時に背中に置かれた手が、ユウナの動きを完全に塞ぐ。少しでも身体を動かせば、筋が悲鳴を上げる。 「…………っ」 こぼれそうになる悲鳴を奥歯で噛み殺して、ユウナは痛みに耐えた。 そんな彼の頭上で男たちが会話を始めた。 「そっちのガキは町長の息子じゃないか?」 「ほう、金を持ってきたのか」 「じゃあ、こいつが背負ってるコレが金か?」 ユウナが背負っていたリュックが剥ぎ取られる。肩に回した紐をユウナの腕から抜こうとしたその一瞬、ねじ上げられた腕の拘束がとかれる。 ユウナはその隙を突いて、振り返り様、男の顎を掌底で突き上げた。 旅をする途中、グエンに覚えておくといいよ、と簡単な護身術を教えてもらっていた。 『ユウナちゃんも姫も、男が寄ってきそうだからね。魔族相手なら魔法で相手できるけど、生身の人間相手じゃ、魔法は使いにくいでしょ? そういうときは……』 と、笑いながら教えてくれた。 『まず、拳で殴っちゃ駄目だよ? 慣れてないと、逆に指を痛めちゃうから。相手に対するときは、肘、膝、踵なんかがいいね。後は手のひらのここ』 グエンは手を開くと、手のひらの下半分を指差した。 『ここって、結構、硬いでしょ? ここで相手の急所を突くと、割と効果あるよ。あ、叩いたら駄目だからね。叩くんじゃなくて、力いっぱい突くの』 グエンの言葉通りに、ユウナは動いた。いきなり顎を突き上げられた男は、顔を仰け反らす。 『その後はとにかく逃げた方がいいんだけどね。マトモに戦う場合は、喧嘩慣れしている方に分がある。二人とも、魔族相手には滅法強いけど、それは魔法があってこそ。まあ、身を弁えず言い寄ってくる頭の悪い男に遠慮することなんて、ないけどさ。姫ならともかく、ユウナちゃんは……使えなさそうだから』 実戦で魔法が使えないことを言っているのか、それとも相手に遠慮して魔弾も使えないであろうユウナの性格を見越してか、グエンは苦笑をこぼした。 何で、自分に男が言い寄ってくるのか? と、グエンに反論したい気持ちはあったけれど、少女に見間違えられた経験を数えれば、ユウナとしても黙って聞いておくのが得策と思えた。 そして、これまでの道中でもユウナを女と間違えて声をかけてくる男がいた。その場合、グエンが間に立ってくれたので、教えてもらった護身術は使うことは無かったけれど。 『……あのね、逃げられなくって、追い詰められたときは、相手に遠慮したら駄目だからね。とにかく、相手の急所を攻撃して、相手の戦意を削ぐこと。下手に刺激するな、と言いたいところだけど、逃げられなくなっている場合はね、体裁取り繕ったって無駄だし。そのときは徹底的に相手をやっつけること! 遠慮しちゃ駄目だよ? 遠慮したら、負けちゃうからね』 グエンはくどいくらいに『遠慮するな』と、繰り返す。 『急所として、一番効果的なのは目かな。視覚を奪われると、どんな奴も怯む。魔族もね。だから、目を潰すんだ――潰さなくても、一瞬でもいい、視力を奪うつもりで目の辺りを攻撃してごらん、結構、効果あるよ』 遠慮しないで――。 グエンの声が、ユウナの頭の中で響く。 レンが捕まっている現状で、遠慮している場合ではないことはわかる。 そして、グエンとサーラが今回の魔族退治に乗り気ではなかった意味を、ユウナはここに来て理解した。 ……魔族というのは、騙りだったのだ。 |