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 ― 6 ―


 生きたいと願う人がいる――そんな人たちの為に、魔族と戦うことを決意した冒険者たちは自らの命を賭けて、未来を切り開こうとしている。
 なのに、助けてと叫んで、救いの手がないと絶望するのか?
 未来はそんなに簡単に手放させるほどに、安いものなのか。
「……オレ、オレっ……」
 レンはグエンの前で俯き、涙ぐんだ。
 助けを拒否したグエンを、少年は冷たいと思った。
 魔法が使えないと言ったユウナを、頼りないと思った。
 でも、一番情けないのは誰だ?
 助けてと、誰かに頼ることしか出来なくて。助けようと手を伸ばしてくれたその手のか細さに、不安を覚えて。
 それでも、ユウナは傷だらけになりながらも戦ってくれた。
 グエンもまた――恐らくは、仲間であるユウナを助けるべく――駆けつけてくれた。
 彼らは、こんな弱い自分の声にも、ちゃんと耳を傾けてくれたのに。
 そして、これからの未来を切り開こうとしてくれている。その身、一つで。自らの命が危険に晒されることも厭わずに。
 レンは申し訳なくて、しょうがなくて、三人に対して謝りたいと思う。
 だけど、声にしようとすると、あまりの自分の情けなさが悔しくて涙が出てくる。
「……オレ……、ご、……」
「ごめんなさい、じゃないだろ?」
 レンの言葉を先回りして、グエンは笑った。
「助けてもらったと思うのなら、アリガトウ、だよ」
 穏やかな声音がそっと囁くように言った。
「……あっ」
「――ね?」
 そう、片目を瞑って愛嬌のある明るい――明るすぎると言っていい――グエンの笑顔につられ、レンは目の端に涙をためながらも「アリガトウ」と、笑った。


                       * * *


「ああ、山道は一人で帰れるね? 俺たちはここまで登ったついでに、山越えルートで次の町に行くからさ、ここでお別れだ」
「――本当に、ありがとうございましたっ!」
 山道を降りていくレンを見送って、ユウナは大きなため息を吐いた。
 レンを連れて、魔族退治に乗り込んできたのは自分だったはずなのに……。
 感謝の言葉を貰ったのは、グエンだけ――レンとしては、三人に向かって言ったのだろうが、ユウナとしては、自分には感謝されるいわれはないと思う。
 それが何だか、悔しい。グエンにはとても敵わない。
 消沈に肩を落とすユウナに、サーラが首を傾げた。
「傷が痛みますか、ユウナ? 怪我を治しましょう」
 スッと、こちらに触れてくる指先に、ユウナは逃げようとした。
 生命の魔法は術者にはかなりの負担をかける。自業自得ともいえなくもない怪我をサーラに治してもらうのは心苦しい。
 第一にサーラは生命魔法を安易に使うことを嫌っている。
「あっ、大丈夫です。こんな怪我くらい」
 全然、大丈夫ではないのだけれど、ユウナは反射的にそんなことを言っていた。
「ユウナにとって、大した怪我ではなくても、私は構います」
 身を引こうとするユウナをサーラは強引に引き寄せた。抱きついてしまう寸前で、身体を支えて、ユウナは顔を上げると、
「私が構います」
 真摯に訴えてくる薄紫色の瞳がそこにあった。
「……あ、ありがとうございます」
「いえ」
 礼に短く首を振って、サーラはユウナの傷口に触れ、呪文を唱えた。
「<癒しの祈り、清浄なる唄>」
 熱を持った傷口に、ひやりとするその白い指先は、やがてゆっくりと熱を奪っていく。ジクジクと疼く傷の熱が取れたときには、痛みはなくなっていた。
 転んで出来た擦り傷も、殴られた打撲も、足首の捻挫も、サーラが触れると瞬く間に痛みは拡散して、傷口が塞がり痣は消え、腫れがひいていく。
 そして、身体の内側から活力が満ちてくるようなそんな気がして、自然とユウナの背筋は真っ直ぐに伸びていた。
「ついでと言って何ですが、マントの汚れも落としておきました」
 さらりと告げられた事実に、ユウナが自らのマントに目を落としてみれば、転んだときについた土汚れが綺麗に払われていた。
 それは勿論、生命の魔法ではなく、補助魔法の使い方を駆使して、汚れを落としたのだろう。
 臨機応変に魔法を組み立てるところは、落ちこぼれのユウナには真似できない。
 ユウナは、自分とグエンやサーラの間にある、歴然とした実力の差を思い知る。
 結局、自分は何がしたかったのか。
 二人に逆らって飛び出しては、正義の味方を気取ってみたけれど……何もできていない。
 再び、肩を落とすユウナの頭上で、グエンがサーラに話しかけた。
「姫、俺も返り血なんか浴びちゃって汚れたんだけど?」
 自分も綺麗にして欲しい、と言外に告げているそれに、サーラは淡々と言った。
「そうですか」
「……うん……」
「…………」
「…………で、ね?」
「…………」
 ユウナが顔を上げると、サーラはいつもの無表情でグエンを見ていた。
 グエンは無言の薄紫色の瞳を前に、やがてガックリしたように俯いた。
「……ううっ、何でユウナちゃんばっかりに気が利いて……俺は無視なの?」
「貴方に気を使いたくないだけです」
 キッパリと言い切るサーラの声はどこまでも冷ややかで、グエンは顔を歪める。
「そこまで、俺が嫌いっ?」
「嫌いではありません」
「……本当?」
「好きじゃないだけです」
「全然、否定してないからっ!」
 仲間意識が強い分だけ、グエンとしては、自分に対してだけ無関心さを発揮するサーラに傷つくのだろうが。
(……でも、サーラさんって……別に。グエンさんだけに冷たいわけではなく……)
 ユウナは二人の関係に首を捻った。
 サーラは大抵の人間に冷たい。冷たいというより、素っ気ない。関心がない。意図的に他人と距離を取ろうとしている部分がある。
(……僕には割りと優しくしてくれているけれど)
 相変わらず無表情なサーラが、何を思って自分にだけ優しくしてくれるのか、ユウナとしてはわからないが。
「しくしくしくしく」
 グエンが声を上げて泣いた――あきらかに嘘泣きである。
 そんな、グエンの所作がいたたまれず――サーラはどこまでも冷淡で、グエンの小芝居を歯牙にもかけず無視するから――気の毒になったユウナは口を挟んだ。
「あ、あの……グエンさんたちは、レンさんから話を聞いた時点で、魔族ではないと気づいたんですよね?」
「うん」
 構ってもらえるのが嬉しいのか、泣き真似を止めて、グエンはユウナを覗き込んできた。
「そうだよ、それがどうかした? ユウナちゃん」
「どうして、魔族じゃないとわかったんですか?」
「えっ? だって、魔族がお金を請求するわけないじゃん」
「…………」
 至極当然だというグエンの表情に、ユウナは当たり前すぎる事実を、すっかり忘れていた自分に気付いた。
 〈ゼロの災厄〉の折、こちらの世界にやって来た魔族はその圧倒的な能力の差で人を支配しようとする。
 その支配から、人々を解放するために戦うのが冒険者だ。
 その構図は〈ゼロの災厄〉が人の歴史に記されるようになってからずっと、変わらずに続いている。
 人と魔族の共栄が叶わない現実において、人間社会のルールに従おうとする魔族は、少ない。
「勿論、共存を望む魔族も少なからずいるけどさ。人間対魔族っていう敵対関係が一種、当たり前となっているところで、共存を望む魔族が自らを魔族だなんて公言すると思えないんだよね」
 グエンはユウナに言い聞かせるというより、自分の考えを確かめるように口を動かす。
「魔族と公言するってことは、人間と敵対するその意思表示みたいなものでしょ? そこへ来て、人間にお金を要求するのって、おかしいよね? おかしいよ。だって、人間を支配下に置いた場合、お金なんて何の役にも立たないじゃん。お金が必要なのは人間だけだよ」
 導き出されたその答えを前に、
(…………穴があったら、入りたい)
 ユウナは切実に思った。
 人間同士のいざこざに、一々首を突っ込んでいたら……サーラが言っていたように、魔族と戦うという本来の目的は見失われてしまう。
 人同士ならば、問題解決は当人同士でも出来る。
 だが、魔族との問題は、人と魔族の能力の差がありすぎる。その差を埋めるのが冒険者だ。
 支配するもの、されるもの。
 支配関係を突き崩すための力となるべき、冒険者たち。
 レンの頼みを無視するのはあまりにも冷淡であったとしても、グエンやサーラが言うように自分たちが首を突っ込む問題でもなかった。
 レンに脅迫者が魔族ではないことを告げるだけで、事は十分に解決出来た。
 恐怖に戦くばかりでは駄目だということを知らしめるためには、むしろ、町の人間たちに問題を解決させるべきだった。
 そこまで見越して、グエンやサーラはレンに対して素っ気なかったのだろう。
 しかし、ユウナは目先に困っているレンを放って置くことが出来ずに……結局、グエンやサーラを巻き込んだ。
 これでは正義の味方どころか、迷惑極まりない馬鹿者だ。
 今、近くに穴があったら、ユウナは間違いなくそこへ飛び込んだだろう。
 羞恥に顔が赤くなるのを自覚するユウナに、サーラが小首を傾げる。
「どうしました、ユウナ。顔が赤いです。具合でも悪いのですか?」
 表情は無表情だが、気遣いを見せるサーラにユウナは言葉に詰まる。
「あ……あの……」
「――姫、そこは見ない振りをしてあげるのが、大人の優しさだと思うよ?」
 さりげないグエンのフォローが、余計にユウナを叩きのめすのだが、彼は気付いていないようだった。
 俯くユウナに、グエンは笑いかける。
「……ユウナちゃん、失敗は誰でもあるよ。見落としてしまうことも、間違ってしまうこともね。だから、気に病むのは止めよう? ユウナちゃんはレン君を助けたかった。その気持ちは本物だったわけでしょ?」
「……でも、僕の勝手でグエンさんやサーラさんに迷惑を掛けて」
「仲間っていうのは、互いの足りないところを補うんじゃないかな? それに、アリガトウって、レン君が笑って言ってくれたでしょ? あれ、俺的には結構、嬉しかったりしたよ。ユウナちゃんは違った?」
 こちらの瞳を覗いてくる藍色に、ユウナは首を振った。
「違いません」
 レンが口にしたお礼の言葉を、ユウナは素直に受け止めることは出来かねた。でも、少年が笑えたことには、幸福に似た感情を覚えた。
「なら、悪いことばっかりじゃなかったんだ。それで、良しとしよう? ねぇ、姫?」
 サーラに目を向けると、彼女はやはり無表情のまま言った。
「私はユウナさえ納得すれば、何も反論はありません」
「はい。ありがとうございます、サーラさん、グエンさん」
 二人の仲間に、ユウナは礼を言った。
 こんな自分のために動いてくれた、二人の存在がこの上なく嬉しい。
「これからも、よろしくお願いします」
「うん、それはこっちこそ」
「ユウナの全ては私が引き受けます」
 サーラの発言に、何を引き受けるのだ? と、ユウナとグエンは目を丸くする。
 無表情の彼女からは、その考えは窺い知れない。
 もしかして、冗談でも言っているのだろうか?
「ねぇ、姫、俺は?」
 答えがわかっているだろう問いを発するグエンを無視すると、サーラはユウナの腕を取った。
「行きましょう、ユウナ。ああ、グエン、貴方はユウナの魔弾を拾い集めてから追いかけてきてください」
「…………へ? 俺?」
「ユウナは疲れています。私も疲れています。早く、次の町へ行って休みたい。後始末をお願いしてもリーダーならば、快く引き受けてくださるはずです」
 否とは言わせない、そう断定するようなサーラの言葉を受けて、グエンは放り出されて山道に点々と散らばった魔弾を見た。
 ユウナは実戦で魔法が使えない分、魔弾をこれでもかというくらいに用意していた。その数は百近く。
 グエンは「しょうがないなー」と呟きながら、木の根や下生えの草の中に引っ掛かったり埋もれたりした魔弾を拾い上げる。
 幸いにも、リュックの口からこぼれたのはそんなに多い数ではない。片手に抱えた魔弾を仕舞おうとグエンは落ちていたリュックに手を伸ばす。
 リーダーはパーティの中でも強い立場にあるはずだが、何故かグエンはサーラに弱かった。そして、ユウナの愛らしさの前には甘くなってしまう。
 自然、本来ならユウナ自身が拾うべきものをこうして回収してしまっているグエンがいた。
「さて、早く追いつかないと。これ以上、ユウナちゃんと姫が仲良くなったら、俺の居場所がなくなるね」
 微かな危機感に苦笑して、グエンはリュックを拾い上げた――が、掴んだのが丁度、リュックの底の部分だったので持ち上げると同時に、中に残った魔弾がコロコロと転げ落ちては山道の斜面を下っていった。
 当然、山越えルートを選んだユウナたちの進行方向とは逆に。
「うわわわわわっ! ちょっと、待って!」
 慌てて魔弾を追いかけるグエンの声が遠のくのを背中に聞いて、ユウナはこちらの手を取りグイグイと山道を登っていくサーラに声をかけた。
「……あ、あの……サーラさん、……グエンさんが……何か、大変みたいなんですけど」
「構いません」
「でも、……このまま、はぐれたら困りませんか?」
「大丈夫ですよ。必ず、一つ残らず拾ってくるでしょうから、心配は要りません」
 ……魔弾の心配ではないんですが……とユウナは思ったが、サーラに従って今は山登りに専念することにした。
 きっと、グエンは追いかけてくるだろう。
 サーラがそう信じているように――信じていると、思うことにする――ユウナも信じようと思った。
(ご、ごめんなさい……グエンさん)
 心の中で放置されるグエンに謝罪し、ユウナはサーラに引かれるままに道を行く。 
 仲間という絆があれば、これから先、どんな困難にも乗り越えていけるはずだから。
 乗り越えていくために、三人は旅立ち日、一緒に戦っていくこと誓ったのだから。
 だから……きっと。


                        * * *


 翌日、山越えした先の町で宿を取り、朝食を食べていたユウナとサーラの元に、遅れてグエンが辿り着いた。
「……て、徹夜で追いかけてきたよっ!」
 目の下にクマを作って叫ぶグエンに、サーラは淡々と告げた。
「遅かったですね。もう、夜が明けましたので、宿を出ます」
 有無を言わせぬその強い口調を前に、グエンはただただ頷いた。
「………………は、はい」

 三人の旅は、こんな感じで続くらしい……。



                                「蝕まれた希望 完」

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