― 2 ― 百年に一度、〈ゼロの災厄〉と呼ばれる日が訪れる。 何故、百年に一度なのか、誰にもわからない。 言い伝えに寄れば、その日、昼と夜に身を変え、世界を保護している二人の神が生まれ変わるらしい。 言い伝えであって、それを証明するものは何もない。ただ、〈ゼロの災厄〉のその日は、夜も昼もなく、太陽も月も出ない。 闇があるわけでもなく、光があるわけでもない。 雲が覆っているわけでもないのに、灰色の空が頭上に広がる。夜を迎える時刻になっても闇は訪れない、そんな一日。 その日は、世界を守る神の加護が失われる。 この世界は二人の神の加護を受けた箱庭。だが、その加護を失う日、異世界から流れてくる来訪者がいる。 それら来訪者を、総じて魔族と呼んでいた。 人の形をしたもの、獣の形をしたもの、形すら無きもの。 彼ら魔族は、人より大きな能力を持ち、長い寿命を持つ。それ故に、人を見下し支配しようとして、人と魔族は事あるごとに争ってきた。 魔族が来訪する――それを〈ゼロの災厄〉と呼ぶ。 その規模は時々によって変わるが、最悪、文明崩壊。 それまで築いてきた歴史が無へと――ゼロへと返ることから、いつしか人々は〈ゼロの災厄〉と百年に一度のこの日を恐れた。 二年後に新たにやってくる〈ゼロの災厄〉に備えて、ユウナ、グエン、サーラの三人は旅をしていた。 先の〈ゼロの災厄〉によって、やって来た魔族を退治しながら、経験を積むこと。それがとりあえずの目標。 次にやって来る〈ゼロの災厄〉にどれだけの魔族が来訪してくるのか、わからない。そして、今なお、魔族に苦しめられている人たちがいる。 『一人でも多くの人を救えたら、いいね』 それを合言葉に、冒険者学校を卒業したその日、パーティを組んだ三人の旅は四ヶ月を数える。 彼らの旅の資金は、魔族退治で調達する。 冒険者ギルドと呼ばれる組織がある。いつの頃から存在するのか、正確な歴史はわからない。 幾度もの〈ゼロの災厄〉によって、人の歴史は無へと返った。当たり前のことも、人の知識から失せた。 冒険者学校も、冒険者ギルドも、設立やその存在目的は誰もが知っている。しかし、その細やかな成り立ちを知る者は少ない。 ただ、冒険者学校は〈ゼロの災厄〉に対する冒険者を輩出し、冒険者ギルドは世に出た冒険者たちを支援する。その習慣は今も続いている。 魔族を退治しその証をギルドに提示すると、報奨金が支給される。それが冒険者たちの旅の資金になる。 魔族を倒す旅の資金を、魔族を退治して調達し、その果てに魔族を倒す。 おかしな因果だ。同じところをぐるぐると回っている感が否めない。 それは長い歴史に繰り返されてきたこと。〈ゼロの災厄〉が訪れる限り、この螺旋は途切れることはないかもしれない。 それでも、この世界には生きたいと願う人がいる。 未来を望む人たちがいる。 その願いを叶えたいと思う者たちも、昔から変わらずに存在してきたから冒険者という存在が今も受け継がれているのだろう。 * * * 町で最初に見つけた宿が、待ち合わせ場所。もしはぐれたときのための、決め事だった。 ユウナとサーラが宿の食堂で温くなったミルクを飲んでいたところ、グエンがやって来た。 ギルドに寄って来たと言う、グエンの隣に初めて見る顔があった。 枯れ葉色の髪と緑色の瞳の少年は、しかし、ユウナより一つばかり年上か。 「ベルナールです。今日からグエン師匠の弟子になりました。よろしくです」 グエンの隣から両足を揃えてピョンと飛び出してくると――ウサギか? ――ペコリと頭を下げ、少年は自己紹介を口にした。 「……し、師匠?」 「弟子?」 ユウナとサーラは、気になるその単語をそれぞれに口にして、グエンを見る。 「そういうことになっちゃった」 仲間の視線を受けた彼は、黒髪を掻いて困ったように笑う。 「なっちゃったって。……あの……どうして、そんなことに」 ユウナはそっと尋ねる。 ベルナールという少年は、一見、剣士の格好をしているがどこか、地に足が着いていない、おぼつかない感じがする。 それは第三者の目からすれば、自分にも同じことが言えるのだろう、とユウナは思う。 要するに、グエンやサーラに比べて子供っぽいのだ。 冒険者と名乗ったところで、その真偽を疑われるような幼さが滲み出ている。 ユウナ自身は冒険者学校を合格卒業したという実績があるので、疑われたところで反論できるが。 ユウナの思考を見透かしたように、サーラが口を開いた。 「貴方は冒険者の資格を持っているのですか?」 「ないです。だから、師匠に弟子入りしたんです」 ベルナールはサーラの問いに、実にあっさり簡潔に答えた。偽ろうという意志が見えないところは、潔いと言って良いのだろうか? 冒険者の資格を持つ者が、自らが学んだ知識を他の者に伝授するのは禁止されているわけではない。 その後、正式に冒険者ギルドの世話になる場合、試験を受けて資格を習得する必要があるが……その実、資格がない者が冒険者と名乗ること自体も禁止されているわけではない。 世に災いをもたらす魔族を倒すのは、誰でもいい。 ただ、資格がない者が魔族を倒してギルドから報酬を貰おうとしても、貰えない。それだけだ。 「オレもいつか師匠みたいに魔竜を倒すんです。そして、世界一の勇者になるんです」 どこか、夢見がちな表情でベルナールは語った。うっとりとした緑色の瞳は、目の前にいるユウナとサーラが見えていないようだ。 「……ぐ、グエンさん?」 ユウナはグエンへと、戸惑い混じりの杏色の瞳を向けた。 どう考えても、この少年は危うい。現実が見えていない。 魔竜はどんなに技量ある剣士でも、一人で倒せるほど容易な相手ではない。そんなことは冒険者の常識だ。 それなのに……。 「何かね、あの魔竜を俺一人で倒したって思い込んでいるらしいよ」 肩を竦めて語るグエンの声も、ベルナールには届いてないらしい。 こんなに近くで話しているのに? 「……どうして?」 ユウナは背中に未来の勇者像を熱く語るベルナールの言葉を聞いて、グエンに問う。 幾ら、ベルナールが冒険者たちにしてみれば常識のことを知らないにしても、どうして、グエン一人で魔竜を倒したと思い込んだのか? 「ユウナちゃんと姫が先に町に行っちゃったでしょ。だから、俺一人で魔竜から牙を抜いていたんだよね。だって、報酬を貰うには、魔族を倒したっていう証がいるじゃん」 「……あ、ごめんなさい」 グエンがわざわざ、魔竜から牙を抜くという行為に走ったのは、他でもない。 彼には魔法が使えない。それは同時に、魔法アイテムも使えない――魔法が使えない人間用に作られたアイテムもあるが――ということだった。 本来、退治した魔族は魔法アイテムに閉じ込めて――この魔法アイテムが、ユウナが使っている魔弾の元だ――持ち帰る。 ユウナとサーラが立ち去って、グエンが頭を抱えたのは、彼には魔法アイテムで魔竜の死体を持ち帰るという方法が取れないこと。 だとすれば、死体の一部を持ち帰ることになる。 その場合、鱗一枚では真偽を問われる。確実に、魔竜のものだとわかり、なおかつ、倒したことが証明される部分が必要となり、グエンは牙を選んだ。 そして、牙を抜いているところへ、ベルナールがやって来たのだとグエンは話す。 少年は魔竜の口をこじ開けているグエンを前に、飛び回りながら驚嘆の声を上げたという。 『すごい、スゴイ、凄いです。勇者様、この魔竜を一人で倒したんですか?』 そこまで話を聞いて、サーラがグエンを振り返った。 「それで、貴方はユウナの手柄を横取りしたわけですか?」 絶世の美貌は無表情だが、声には難詰するような棘が見えた。薄紫色の瞳は鋭く、剣の切っ先を突きつけるような迫力を持っていた。 「そんな……僕の手柄なんて」 サーラが怒っている理由が自分にあるのだと察して、ユウナは慌てて口を挟んだ。 「魔竜を倒した功績は、グエンさんのほうが」 「いや、俺はそこまで名誉欲ないし。ちゃんと、違うって言ったよ? 仲間と一緒に倒したってね。でも、あの通りだし」 と、肩を竦めるグエンが指差す方向を見てみれば、ベルナールが拳を握って、 「世界中の魔族が、いつかオレの前にひれ伏すんです。師匠から、剣の手ほどきを受ければ、オレに怖いものなどないです」 どこか、別の世界に向かって叫んでいる。 「…………こっちの話」 「聞いてないでしょ、あの子」 「聞く耳すら、持っていないようですね」 横目にベルナールを見るサーラの瞳は、果てしなく――冷たい。 グエンは苦笑して、話を続けた。 『感服です、素晴らしいです。オレ、ここ一ヶ月、この魔竜を倒そうと機会をうかがっていたんです』 少年はグエンへと詰め寄って、頭を下げたと言う。 『お願いです、師匠。オレを弟子にしてくださいです』 魔竜の牙を抜くのに四苦八苦していたグエンは、後先考えずベルナールに返していた。 『あのさー、手が空いていたら牙を抜くの、手伝ってくれない?』 そして、今に至るということ。 「……あの、弟子にしちゃっていいんですか?」 「うーん」 グエンは小首を傾げながら、藍色の瞳でユウナを見返してきた。 「やっぱり、良くないよね?」 ……笑って問い返されても困る、とユウナは思った。 |