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 ― 4 ―


 グエンという人間は、その実、先のことを考えているようで考えていない。
 サーラは、我らがパーティのリーダーをそう認識していた。
 ユウナに対する思慮も、どこか穴がある。
 その身の秘密を守りたいのなら、もっと上手く立ち回るべきなのだ。
 何事も無かったように、隠そうとするから不自然さが目立つ。
(…………だから、ユウナは)
「……さ、サーラさん……あの、どうかしたんですか?」
 部屋に戻ったサーラに、同室のユウナがそっと声をかけてきた。
 二つ並んだ安っぽい寝台の一方を占拠し、その上でユウナはいつも背中に背負っているリュックを下ろし、中身を改めていた。
 リュックの中に入っているのは小さな球体。その球体の中に、ユウナは魔法を閉じ込めている。
 今日、使用した魔弾を確認し、補充すべき魔法をどれにするか考えていたのだろう。
 そこへ、サーラが戻ってきた。荒々しい勢いで彼女が開閉したドアの振動で、寝台の上に転がしていた魔弾が床に落ちた。
 コロコロと木の床を滑り、サーラの足元に転がってきたのは青色の球体。恐らく、閉じ込められているのは水の魔法だろう。
 身を屈めて、サーラは魔弾を拾う。それを拾い立ち上がる際、長い白銀の、自らの髪を踏みつけそうになる。
 サッと髪をかき上げて、身を起こしたサーラは無表情のまま、寝台の上のユウナに目を向けた。
 こちらを上目遣いに見つめる杏色の大きな瞳。愛らしい面立ちは、少女のようで可愛らしい。
 女のサーラの目から見ても、可愛い。
(可愛すぎます)


                      * * *


 ……睨まれているような気がした。
 元々、サーラの表情に感情が目立つことはない。
 いつものように、無表情で無感動な薄紫色の瞳が、ユウナを見据えているのに過ぎないのかもしれない。
 だけど、ドアを閉じたときの荒さは、何だか、いつものサーラとは違うと感じさせるほどの迫力があった。
(……ぐ、グエンさんかなぁ……?)
 サーラは誰に対しても素っ気ないが、グエンに対しては極端なまでに辛辣である。
 彼女はグエンを嫌いではないと言うけれど――それと同時に好きでもないと言うが。
 そんな彼女にもグエンは挫けず挑んでいく。仲間意識が一際強いグエンにとっては、サーラと良好な関係を築きたいのだろう。
 しかし、サーラとしてはそんなグエンが鬱陶しいのかもしれない。行動に苛立ちが現れるほどに……。
 他にサーラを苛立たせる要因が見当たらない。
 彼女が先ほどまで、部屋を出ていたのは他ならぬグエンの様子を見に行くためだった。
 元々は、ユウナが行こうと部屋を出かけた。
 魔竜相手に、本当にグエンが火傷をしなかったのか?
 仲間意識が強いグエンだから、こちらに心配をかけないように隠したとしても不思議ではない。
 傷は全く見えなかったけれど、手のひらを振られた状態では本当に無傷だったと言い切るのは難しい。
 ちゃんと確認しなくては。そう、部屋を出かけたユウナをサーラが止めた。
「どこへ行くのです?」と。
 事情を話して、グエンのところに行くのだと説明すると、サーラが「私が行きます」と言い出した。
「例え、怪我をしていても、ユウナでは傷を癒すことは出来ないでしょう」
「あ……」
 サーラの言うとおり、ユウナは生命魔法を使えない。生命魔法を扱えるのは白魔法師でも一部の人間だけだ。サーラはその稀少な一部の人間で、いまだかって誰もなしえなかった蘇生魔法を――動物相手であるが――成功させた実績を持つ。
 そんな彼女に「私が見てきますので、ユウナは身体を休めていてください」と言われては、断れない。
 そして、サーラが出て行って暫く。戻ってきたと思ったら、派手な音を立ててドアを閉じた。
 どう考えても、答えはひとつだろう。
(やっぱり、僕が行けば……)
 サーラとグエンの間に自分が入ることで、何かが変わるとも思えないけれど。むしろ、間に挟まれるとどちらの味方にもつけず、中途半端なユウナだけれど。
「落ちましたよ」
 寝台から転がり落ちた魔弾を拾ったサーラが、小さな球体を差し出してくる。
「あ、ありがとうございます、サーラさん」
「どういたしまして、ユウナ」
 声は淡々としていて無表情のサーラに、ユウナは笑顔を作って、さりげなさを装いつつ尋ねた。
「あの、えっと……ぐ、グエンさんの容態はどうでした?」
「心配には及びませんでした。無傷です」
「本当ですか?」
「ユウナは、私が貴方に嘘をつくと考えているのですか?」
「あ、いえ。そんなことはないのですけど……」
 またも睨まれたような気がして、ユウナは首を左右に振った。
「あの手袋は元々、燃えにくい繊維素材で出来ていたようです。炭化したようですが、火を噴出すほど燃えてはいません。それ故、皮膚への外傷も無かったのでしょう」
 サーラの説明に、ユウナはそういうものかと納得した。
 そうして、ホッと息を吐き出す。
「それなら良かったです」
「例え、怪我をしていたとしても、ユウナが心配することはないと思いますが」
 サーラの眉間に微かながら動きが生じたように見えた。
 ユウナは完璧な美貌の麗人を見上げて、でも、と小さく呟く。
「僕たちは魔族と戦っていて……確かに怪我をすることは日常的で」
 魔族との戦いで、命を落とす冒険者も少なくはない。それは覚悟の上だ。
「でも、だからって……怪我をして平気なわけじゃないです」
 ユウナがそっと伏せたまぶたの裏には、父の姿が映る。
 痩せた父親の肌には、沢山の傷が刻まれていた。
 幼いユウナが痛いのか、と尋ねると、父は寂しげに微笑んだ。
『……痛かったよ、凄く。……今も、痛いね』
 身体に刻まれた傷も、仲間を失って精神に刻まれた喪失感も。
 時間が経っても、痛みは在り続けた。
 今までの旅でも、ユウナ自身、怪我をした。傷はサーラが癒してくれたが、生命魔法は術者の気力を削ぐ。自分だけではなく、仲間も傷つける。
「グエンさんは僕なんかと違って、体力もあるし……ちょっとした怪我だって、平気なのかもしれないけれど」
 それでも、痛みは変わらずにあるだろう。
 旅をする中でどうしても傷つくことがあると言うのなら、一人で抱え込まずに、同じように痛みを分けて欲しい。
「僕が心配したってどうしようもないと思いますけど……だけど、僕が怪我したとき、グエンさんやサーラさんは心配してくれて。だけど、二人が怪我をしても、僕に心配するなって言うのは……ズルイです。だって、僕たちは仲間でしょう?」
 目を見開き、真っ直ぐに見上げたユウナに、サーラは頬を傾けた。
「ユウナは優しいのですね」
「僕が優しいというのなら、グエンさんやサーラさんも優しいです」
「……そう感じてくれるのなら、嬉しいですね」
 声に穏やかな笑みが混じっているように聞こえたのは、幻聴だろうか?
「ですが、ユウナ。仲間だからこそ、信じるべきではありませんか?」
「信じる……?」
「グエンはあの程度で、どうこうなるような柔な人間だと思いますか?」
「……あ、それは」
 例え、火傷をしていたとしても……グエンなら、こんなの舐めておけば平気だよ、と笑って。痛がることなく、剣を振り続ける気がする。
「毒を食らっても平気だった彼を心配するより、信じてあげてはどうですか」
「……サーラさんはグエンさんを信じているのですか?」
 だから、彼に対して辛辣なんだろうか。冷たくしても、挫けないと、わかっているから。
 首を捻ったユウナに、サーラは告げた。
「確信していますね。グエンは殺しても、死にません」
「……殺したら、死ぬと思いますけど……」
「今度、試してみましょうか。食事に毒を盛って」
 いつもの如く、冗談に聞こえない口調で言うから、ユウナは真面目に制した。
「……本当に死んじゃったら駄目ですから、止めておきましょう」
 多分、大丈夫なのではないか? という気が、不思議にしないでもない。
 グエンという人間を見ていると。
 口調は軽いけれど、誰よりも仲間思いで。強く。
 明るく引っ張ってくれるから、困難が待ち受ける未来にも希望が持てる。
(それにしても、サーラさん。……腐ったジャガイモのスープのこと、かなり怒っているみたいな……)
 確かにあの日の出来事は、思い出しても寒気がする。
 宿泊施設に泊まれなかった場合は、野宿をするのは冒険者たちの旅では珍しくない。そのときは、持参の食料で簡単な食事を作る。
 食料は魔法アイテムで――魔弾の元になるものだ。それに魔法を閉じ込める要領で、各自の着替えやらも、食料と一緒に――持ち運びしている。
 食事当番は持ち回りで、その日はグエンの番だった。
 彼は手際よく、その前の町で仕入れていたジャガイモを煮崩したスープを作った。
 味はまあまあだったと思う。しかし、食事を終えて眠りにつこうとしたところで異変が起きた。
 胃がキリキリと痛み出して。そして、止まらない吐き気に、腹痛。
 病にはサーラの生命魔法も効かないが、外部から注入された毒は中和することで解毒できる。しかし、何度も繰り返すように、生命魔法は術者の気力を削ぐ。悶え苦しんでいるサーラに魔法を組み立てる気力など、当然なくて。
 結果、ユウナとサーラは二晩、苦しんだ。そんな二人に、グエンはというと、どうしよう、と慌てふためいては――次の町に行って医者を呼んできたいところだが、病人二人を放置できない。かといって、二人を背負うこともできないので――枕元で騒いでいただけだった。
 魔族と戦って命を落とす覚悟をしているユウナでも、食中毒で死ぬというのは耐えられなかった。そう考えると、サーラの怒りも理解出来る。
「グエンが死んだら、ユウナと私の二人きりのパーティですね」
 サーラの声に、我に返ってユウナは頷いた。
「……頼りなく……なっちゃいますね」
 魔法師ばかりの変則的なパーティが存在しないわけではない。しかし、能力に偏りが在れば、それはパーティの脆さに繋がる。
 今の三人のパーティが完璧かと問われれば、それは否。実戦で臨機応変に魔法を組み立てられないユウナは、時としてグエンやサーラの足を引っ張りかねない。
 それでもグエンは、冒険者になるのだと訴えたユウナを仲間に迎えてくれた。
 頼りなくて、子供っぽい正義感で一人突っ走ってしまう自分が仲間のために出来ることは何だろうと、ユウナは考える。
 それは……サーラが言うように。
(心配するより、信じて……支えること)
 何があっても、グエンが前に進むことを選ぶのなら……。
(僕はグエンさんの背中を守れるように)
 ――がんばろう、と。
 決意を新たに、ユウナは眠りに就いた。


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