― 12 ― グエンはリスラに駆け寄り、剣を振り下ろした。スルリとすり抜けるようにして避けるリスラの動きを目で追い、剣を横へと払う。 手の甲をこちらに向けるようにして、リスラは伸ばした爪で刃を受け止めた。伸縮自在の魔族の爪は、鋼鉄並みの硬さがあるらしい。 半身をよじった形で背中を見せるグエンに、リスラの空いた手の爪が襲い掛かる。 細い五本の爪がグエンに触れるその瞬間、サーラの魔法が再び構成される。 「<白銀の鎧>」 グエンの身体を包んだ白い光に爪が弾かれた瞬間、頭上から飛んできた氷の矢がリスラの腕を貫いた。 撃たれた矢によって、腕を引っ張られバランスを崩すリスラの脇腹に、グエンは回し蹴りを喰らわせた。床へと転倒するリスラを追うように、幾つもの氷の矢が放たれた。 しかし、素早く身を起こしたリスラは片足飛びで、氷の矢を回避する。壁際に追い込まれながらも、魔人は無傷だった。腕の傷も瞬く間に完治している。 的を射ることが出来なかった矢は、石の床に深く突き刺さった。 グエンはそれら氷の矢を剣でなぎ払った。剣の一撃によって打ち砕かれた矢は、拳大の大きさとなり今度は風の魔法に乗って、リスラを襲う。 壁を背にして立つリスラは、声を響かせ呪文を唱えた。 「<――咆えよ、火竜>」 魔法で炎を吐いたリスラに、氷の礫は溶けて届かない。しかし、ユウナの風の魔法は炎を絡め取ると、逆にリスラに迫った。 魔法を組み立てられないという、初歩的なところでユウナは躓いてしまっているが、魔法師としての才能は優秀だった。一旦、魔法を解放してしまえば、少年の魔力は魔族と対等と言っていい。 ユウナの両親は、西の大陸を支配していた魔王を倒した魔法師だ。勿論、彼らが在籍していたパーティの活躍も――最終的に生き残ったのは、ユウナの両親二人だけだったが――多分にあっただろう。魔族に対して、魔法攻撃は最終的には決め手にならない。勿論、絶対に魔法で倒せないというわけではないが。 慌てて、炎を消し去るリスラの前に、グエンが走る。 割れた炎の隙間から突き出したグエンの剣の切っ先を、リスラはかろうじて避けた。薄紅の髪がハラリと散る。 だが、グエンの手首の切り替えしには間に合わなかった。腕で顔を庇えば、リスラの手首が飛んだ。 赤い鮮血が、断ち切られた手首から噴水のように吹き上がる。 返り血を浴びたグエンの視界が、赤く染まって奪われた。 「くそっ!」 その隙を突いて、リスラのもう片方の腕が動き、グエンの腹部に向かって、強烈な拳を叩き込んでくる。 魔法を発動させなかったのは、手首を斬られた痛みに、さすがの魔族も声が出せなかったからだろう。傷は直ぐに回復するが、失われた部位は戻らない。 本来なら、グエンは腹に受けた攻撃で痛手を負うところだった。しかし、サーラが掛けてくれた守りの魔法は健在で、拳を受けたグエンは衝撃に一歩退いただけだった。 「――くたばれっ!」 腹に打ち込まれた拳を掴んで手前に引きずり寄せると、グエンはリスラの胸元めがけて剣を突き出した。 胸を突いた一撃は、リスラを壁へと縫い付ける。剣の先は、組まれた石材の間を埋める部分へと深く。 心臓を的確に狙ったつもりだったが、どうやら微妙にずれていたらしい――リスラが避けた結果か、グエンの手元が狂ったのか――魔人にはまだ息があった。 だが、心臓には損傷を与えている。幾ら魔族の驚異的な回復力があったとしても、心臓に杭を打たれたかのような状況では、そう長くは持たないのは目に見えた。 グエンはリスラの心臓を抉るために、手首を動かそうとした。しかし、薄い唇の両端から血を垂らして、リスラは金色の瞳でグエンを見上げてきた。 その視線に、グエンの手が止まった。 「……なるほど、サルダは…………厄介なものを……生んだものだ……」 唇の端に嘲笑を浮かべて、リスラは息も絶え絶えに吐いた。 「独りであれば差ほどではないが……群れれば脅威だと……認めよう……」 敗北宣言を口にするリスラに、グエンの思考に間が出来た。 この魔人の考えていることが読めなかったからだ。 魔族は往々にして人を見下してきた。その結果がグエンであった。 例え、グエンが人間としての範疇から逸脱しうる存在になっても、所詮は人間だと。 見下すのが普通だ――それがグエンの知っている魔族の考え方だ。 「このまま……貴様を見逃すことなど……出来ぬな」 「――何っ?」 「我らが同胞のため……道連れにしてやるよ……光栄に思え」 ニッと笑う血に濡れた唇の不気味さに、グエンの背筋が寒くなると同時に、リスラの内側から膨れ上がる何かを感じた。 (――まずい) 「ユウナちゃんっ! 姫っ! ――避けろっ!」 グエンが張り上げた声が届いたか、否か。 それを確認する寸前にグエンの身体は、リスラの自爆に巻き込まれた。 * * * 「ユウナちゃんっ! 姫っ! ――避けろっ!」 グエンの声が地下から届いた。それが何を意味するのか、判断しかねるユウナの横でサーラが口を開く。 「<不落の要塞>」 守りの魔法が構成されると同時に、地下から圧倒的な力が押し寄せてきた。 力のうねりは波のように迫ってきて、サーラの守りの魔法を軋ませた。 ユウナが振り仰いでサーラの表情を見上げれば、彼女は何かに耐えるよう唇を噛んでいた。 荒れ狂う力の爆発は、周りの建物を巻き込んでいく。 (……これは、魔法?) ユウナは強大な力の奔流に、杏色の瞳を見開いた。 こんな桁外れの魔法は、ハッキリ言って無謀の極致。幾ら、魔族であろうと、ありえない。 (……だって、こんなに魔力を放出したらっ) 魔力にも限界があった。ここまでというレベルを超えたら普通は、魔法が使えない。否、使わない。 魔力の限界を超えれば、それはそのまま術者の命を削る。 気力を削るというのとは、違う。気力は精神の力をいう。 気力――精神を疲弊させれば、当然、意識が正常に働かなくなり、魔法を作り出すこと、維持することが困難になる。難しい魔法を何度も何度も繰り返していれば、精神は疲れる。故に、休みを必要とするが命には別状はない。 だが、魔力の限界を超えた魔法を構成すれば、足りない力を補う力がいる。それが術者の命だ。 魔法師は、自分の魔力の限度を知っている。そうしなければ、自らの命を削ることになるから。だから、限界に来たら、魔法師は魔法を使うことを自ら禁じる。 命の危機に晒されているようなとき以外、限界を超えることなどしない。 何故なら、冒険者の旅に終わりがない。百年に一度訪れる〈ゼロの災厄〉。しかし、災厄によって異界から流れてきた魔族は、その長い寿命で人々の生活を脅し続ける。 前回の災厄から九十八年の月日が流れた今も、〈ゼロの災厄〉の残滓に悩まされている。二年後に訪れる〈ゼロの災厄〉が、一帯どれだけの規模になるか。 誰も知らない。 冒険者の旅に終わりが来る日のことも、誰も知らない。 とにかく戦い続けることを前提にするなら、命を縮めるような無謀な真似はするべきではない。 ――なのに、今、ユウナたちに襲い掛かる魔法は、限界を超えた魔力を解放している。 いかに、魔族の寿命が人間のそれとは比べ物にならないくらい長いものだとしても。 (――こんな) サーラが魔法を敷いた一帯を除いて、周りは爆発に飲み込まれていった。この魔法の規模をはかれば、王城の敷地全体が飲み込まれるのも時間の問題だ。 いや、城下にも被害が広がる恐れがある。 建物は崩壊し、爆風にあおられた瓦礫物が飛来しては、残った壁を打ち崩していく。大地からは草の根まで引き抜かれ、土埃が舞い上がる。 あまりにも大きな力の爆発に、サーラの魔法も揺らぎ始めていた。 大地を揺るがす震動に、魔法の壁も左右に引っ張られる。それにつられるようにして片膝を付くサーラを、ユウナは支えた。 「サーラさんっ!」 「大丈夫です――ユウナは私が守ります」 サーラは顔を上げると、新たに魔法を構成させた。 「<蒼の天幕>」 フワリと広がる力を感じた。 それは、天上にどこまでも広がる蒼い空を連想させた。 ゆっくりと広がる力は、魔人の魔法を覆う。天幕という言葉が表すように、すっぽりと覆い尽くす。 覆って、押しつぶして、魔法の内側に閉じ込める。 爆風は徐々に沈静化していった。 風が止まって宙に巻き上げられた瓦礫が重力に引かれて落ちる。それは、サーラの魔法の内側で山を作った。 カラン――最後の石が降ってきて、辺りはシンと静まり返った。まるで何事もなかったかのように、静かに片はついた。 頭上には本物の青い空がある。思い出したように雲が流れ、微風がユウナの髪を撫でていく。 静かで……静か過ぎて、ユウナは夢を見ているような奇妙な感覚を覚えた。 ――しかし。 傍らで、ドサッと何かが崩れる音で我に返れば、隣にいたサーラが倒れていた。 「サーラさんっ!」 慌てて抱きかかえてみれば、サーラの顔色は青かった。 当然だ。大規模な魔法を押さえ込むには、それ相応の規模の魔法が要求される。 限界ギリギリの魔法を発動させて、意識を保っていられるわけはない。 「サーラさんっ!」 「……大丈夫です、ユウナ」 ユウナの呼びかけに銀の睫が微かに震え、サーラが薄く目を見開いた。 「少し……疲れただけです」 「でも……」 「心配には及びません」 そう言い切るサーラの声は、いつもと変わらず揺るぎなかった。 「大丈夫です、ユウナ――ですが、少し疲れましたので眠らせてください」 「……本当に大丈夫なんですか?」 「大丈夫です。それより、グエンを――」 サーラの言葉に、ユウナはハッとなって床下を見やった。爆発の中心にいた彼の姿は見えない。サーラの魔法によって頭上を塞がれる形で、爆発時に行き場を失った瓦礫が地下室に溢れていた。 「グエンさんっ!」 「ユウナ、心配は要りません。馬鹿は死にませんから」 思わず声を張り上げたユウナを見つめ、サーラは言う。どこまでも冷たいその物言いに、ユウナは目を丸くした。 「……でも」 「守りの魔法は、爆発時にも有効だったはずです。無事ですよ」 ユウナの不安を取り払うように、サーラは言い切った。彼女が言うと、本当に無事なような気がしてくるから不思議だった。 動揺が静まったユウナに、サーラは薄紫の瞳を向けると、ゆっくりと目を瞑りながら続けた。 「ただ――無駄に騒がれて、私の眠りの邪魔をされては困りますので。見つけて、黙らせて置いてください。あまり騒ぐようでしたら、彼の息の根を止めてもらっても、私は一向に構いません」 「…………」 相変わらずの辛辣な言葉を前に、絶句するユウナの腕の中で、サーラは静かに寝息を立て始めた。 |