― 13 ― リスラが魔力を最大限に解放させて自爆した瞬間、グエンの身体は爆風に弾き飛ばされた。 身体を焼かれるような熱を感じた。強烈な力の奔流に身体の四肢が引き千切られるような感覚も。 だが、サーラの魔法がかろうじて、その身を繋いでくれていた。 しかし、弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた折に、魔法の鎧は霧散した。降ってくる土砂と熱風に身を庇うのがやっとだった。 覚えているのは、そこまで。 一旦途絶えた意識が回復して、……グエンはゆっくりと目を見開いた。 瓦礫が折り重なって作られた僅かな空間に、グエンは横たわっていた。 腹部に鈍い痛みがあった。そっと上体を起こして、身体を確かめれば太い木材が脇腹に突き刺さっている。 出血はない――いや、出血はあったのだが、もう止まっていた。傷口は既に塞がって、木材はグエンの身体の一部のようになっていた。 「……マジかよ」 グエンは上着のポケットから小型ナイフを取り出した。剣はリスラの自爆で砕けたのか、見当たらない。 腹部を切り裂いて、木材を引き抜く。木材にこびりついた肉片から血が滴り落ちる。 激痛は――ほんの数秒。直ぐに腹部に開いた穴は、肉を繋いで塞がり始める。 わが身のこととはいえ、見ていて気持ちのいいものではない。 この光景は絶対にユウナには見せられないし、秘密を知っているサーラにも見せたくはない。 「…………ホント、人かよ? 俺……」 自分のことは自分がよく知っている。 手袋で隠した右腕には、暗い記憶と伴って、人間であることの証がある。だから、人であるはず。 痛みがひいて脇腹に指を這わせれば、そこに大きな傷があったなどとは、誰も疑わない肌が筋肉にそって張り付いていた。 思わず爪を立てたくなる衝動に駆られる。 この腹を裂いて、内臓をぶちまけて、骨を砕いて――。 それでも、まだ自分は生きるのだろうか? 人として? 化け物として? 自分はいつまで、人でいられる? 焦燥感にあおられるグエンの耳に、微かな音が聞こえた。 「……さん……グ……さん……」 そっと耳を澄ませれば、声がグエンを呼んでいる。 「グエンさん、大丈夫ですか? グエンさん? あの、返事をしてください」 ユウナだ。少年の声が、グエンの名を呼ぶ。 その声を聞いて、グエンは涙がこぼれるかと思った。 (……ああ、大丈夫だ……) …………守りたい人がいる。助けたい人がいる。 その思いが、胸にある内は、例え肉体が人ならざるものに変わろうとも。 ――心は人間だと信じていられる。 「ユウナちゃん、俺はここだよ」 グエンは、震えそうになる声で少年に応えた。 * * * グエンの声を聞いて、ユウナはホッと息を吐いた。 「良かった……無事で」 彼のことだから心配はないと、心に言い聞かせていても。声を聞くまではやはり心配させられた。 瓦礫の山の向こうから、グエンの笑い声が届いた。 「俺は大丈夫だよ、ユウナちゃん」 こちらの心配を払拭するような明るい声に、すくわれた思いがする。 でも、顔が見えない。笑顔が見えない。 (…………) ユウナは決心して、グエンの声が聞こえるその場まで、慎重に近づいた。瓦礫の山が崩れたら、その下にいるグエンもただでは済むまい。 ゆっくりと近づいて、グエンと外界を隔てる石の壁の前に、膝をつける。 「……本当に大丈夫なんですか、グエンさん」 脳裏を過ぎった考えに、ユウナは確認するように問う。 その明るさは、こちらの心配を取り除くために無理矢理搾り出されたものではないと、確認のしようがない。 本当は怪我をしているのかもしれない。辛いのかもしれない。 そんなときでも、グエンは仲間を思いやって明るく振舞うから。 無理をしているのではないかと、余計な考えを持ってしまう。 何度もグエンの小芝居に、ユウナは騙されていた。 「心配してくれているんだね? アリガトウ、ユウナちゃん。でも、俺は大丈夫だよ、姫の魔法が守ってくれた。それより、ユウナちゃんと姫は? 大丈夫なの? 怪我はしてない?」 誰よりも仲間意識が強いグエンは、自分が身動きできない状況下でも、こちらの方が心配らしい。 (……本当に大丈夫なんですか?) 繰り返そうとした質問を、ユウナは飲み込んだ。 多分、大丈夫ではなくとも、グエンは大丈夫と、笑うだろう。 グエンの本音を知るのは難しい。 彼が嘘偽りで、誤魔化しているとは思わない。あくまでも、こちらを気遣っての態度だとわかっている。 (……それはきっと、僕が子供で。頼りないから、心配かけないように気遣ってくれて) グエンもサーラも、優しい。 酷いことを言われて、辛い思いをしても。苦しくて、どうしよもなくても。 彼らは大丈夫だ、と言う。 心配は要らない、と笑う。 優しく労わって、こちらを大切に思いやってくれるから、余計にユウナは思うのだ。 早く、二人と対等になれたなら、と。 苦しい心内も、本音も、全てさらけ出して。頼って欲しい。 (僕だって……仲間なんだから) 「僕は大丈夫です。サーラさんは、ちょっと大きな魔法を使ってしまって……それで今は、休んでいます」 「大きな魔法?」 「あの大きな爆発を収縮させて……。グエンさん、あの爆発って」 「うん、あの魔人が、俺たちを道連れにしようと、魔力を開放して自爆した。急所がほんの少し外れていた――ゴメンね、俺の詰めが甘かった」 「そんな、グエンさんが謝ることじゃないですよ……」 謝ってくるグエンにユウナは首を振った。そして、考える。 (道連れ……) 人が魔族に支配され、殺される運命から抗おうとするように、魔族もまた、必死で抗う。 そして、互いに背負うものがあれば、自らの命を捨てても戦うのだろう。 冒険者が命を落す覚悟で旅を続けるように、魔族にも何かしらの目的があったのか。 最後の最後、命が尽き果てる運命を受け入れるときに、自らの身体すら破壊しようとしてまで守ろうとする何かが。 「それで、姫は? 今は一人?」 グエンの問いかけに、ユウナは現実に返る。 「あ、今はギルバートさんに……」 ユウナはギルバートに預けてきたサーラの身柄が、不意に気になった。 あの後、様子を見に舞い戻ってきたらしいギルバートは、意識を失い――眠っているだけなのだが――ぐったりしているサーラに血相を変えた。 慌てふためくギルバートに、ユウナはサーラが魔力を使いすぎて疲れていることを口早に説明した。そうしないと彼が大騒ぎをして、サーラの眠りを妨げてしまう可能性があった。 一通りの説明を聞くと、ギルバートは感慨深げに頷いた。 どうやらギルバートという青年はすっかり、サーラの信奉者になってしまったらしい。 サーラが囚われていた時間、サーラとギルバートの間で何があったのか、ユウナは知らない。 昨夜、宿で強引にサーラをさらったギルバートは、彼女のことを普通に扱っていた。 しかし、ユウナがグエンの探索にあたる間、サーラの身を預かって欲しいと頼むと、 『私などが……サーラの身に触れてよいのか』 ギルバートは戸惑いながら、ユウナからサーラの細い身体を両腕に受け取る。 思わずユウナが杏色の瞳を丸くして『えっ?』と、問い返すと、 『いえ……サーラに触れてよいのはユウナ殿だけだと。私などが触れたことをサーラが知りましたら……その、やはり……』 嫌われるのでは? と、――真顔で聞いてきた。 サーラが嫌だというのか、それともギルバートがサーラに嫌われるのが嫌なのか、どちらか判別できなかったけれど。 ギルバートの中でサーラの存在が、主の目的の為に必要な人材という位置から、別格に持ち上げられたことが、この手の問題に疎いユウナでもわかった。 そして、ギルバートは言った。 『ユウナ殿が戻られるまで、サーラは私がお守りします。もう誰にも、サーラを利用させはしません』 騎士である彼が守るのは、亡くなったという国王とその娘の姫君であるだろうに、困惑するユウナを前に宣言してみせたのだった。 「――ユウナちゃん?」 グエンの声が耳に届いて、ユウナは我に返った。 「あ、ごめんなさい。今、瓦礫を退けますから」 ユウナは瓦礫の重なり具合を見て、背中に背負ったリュックから魔弾を取り出す。ゆっくりと魔法を解放しながら、少年は眉根に皺を寄せた。 何だか、心がザワザワしている。 サーラの美貌を目当てに近づいてくる男は沢山いた。いつだって、その外見だけを目当てにして、サーラの本質を見ようとしなかった。 そんな中で、ギルバートはサーラの本質を見抜いたのだろうか? 本当はとても優しい人だということを。 (…………それで、サーラさんを?) 触れたことを許してもらえるだろうかと、恐縮しながらも、サーラを抱き上げるギルバートの姿は、実に様になっていた。 グエンがサーラを抱き上げたときも、胸の内側に微かに感じた――ザワザワした感じ。 ユウナには抱きかかえることが出来なかったサーラを、グエンもギルバートも楽々と両腕に抱いた。 ギルバートの胸に頭を預けて眠るサーラの姿が、脳裏に蘇る。それを思い返すだけで自分の中でざわめきが増すのを、ユウナは感じた。 (……僕も……) サーラさんを抱きかかえられる強さがあれば、そうユウナは思う。 彼女が守ってくれるように、自分も守りたいのだ。 疲れたときも、その支えになれるような。 そんな大人になりたいと、ユウナは切実に思い――――。 * * * 魔族の襲撃に耐えた、王宮の一室の――魔人はここを居城にするつもりだったのか、城内に攻撃を仕掛けても、本宮は比較的損害がなかった――寝台に横たわって眠るのは、「命の女神」と異名をとる白銀の髪の美女。 昏々と眠り続ける、そんなサーラの寝息は、耳を澄ませても微かで。あまりにも微かで。 ギルバートは本当にサーラが呼吸をしているのかと、不安になって手を伸ばしかけては、思いとどまって胸に拳を抱く。 そんなことをかれこれ、十数回。 我ながらどうかしていると、ギルバートは思う。 昨夜、宿から強引にサーラをさらって来た時、こんな感情を抱くようになるなんて思わなかった。 「命の女神」と謳われる彼女の能力に畏敬の念は抱いてはいたものの、やはりどこかで十八歳の少女だと、侮っていた。 仲間の命を盾に脅せば、こちらに屈服すると。 だが、彼女はどんな脅しにも揺るがなかった。潔いまでにキッパリと、こちらの要求を断ち切った。 冷たいわけではなく、ただ厳しく。 真っ直ぐに、未来を見据えるから、誰にも甘さを許さない。 〈ゼロの災厄〉という、決して逃れられない運命にこの世界は在り続けるから、強く生きろ、と彼女は願う。 そして、その想いの証として、彼女は自らの身を削って、多くの人々を守る。 サーラの深い眠りが、大きな魔法の負担からきていることをユウナから聞いた。 霊廟へと城の者たちを避難させたギルバートは、部下に皆を抜け道から城外に脱出させるように命じた。 外に出ようとするギルバートを、アメリアが行くな、と制したけれど。その命を聞く気にはなれなかった。 再び外へと出た。そこで、中庭に起こった爆発を目に留めた。 荒れ狂う爆風が建物を飲み込んでいく。直に、城内全ての建物が爆風に巻き込まれ、灰塵と化す。それは歴然たる事実のように思えた。 終わりだと――爆発を目撃したとき、ギルバートは絶望した。 この国は終るのだと――震撼するギルバートの目に、蒼い光が広がった。それはどこまでも広がって、爆風を閉じ込め、収縮していった。 蒼い光が消え失せると、視界が開けて、本物の青空が目に映った。 何が起こったのかわからなかった。わからないから駆け出した。 ――答えを求めて。 その先でギルバートは、サーラがこの国を守ってくれた事実を知った。 彼女を利用しようとした自分たちを、彼女は守ってくれたのだ。 サーラの眠りを、ギルバートは息を詰めて見守る。 彼女が与えてくれた未来への可能性を前に、ただ見守ることしか出来ない自分がもどかしい。そっと唇を噛むギルバートの耳に、暗い声が届いた。 「…………眠っているの? 死んではいないのでしょうね」 振り返れば、ドア口にこちらの様子を伺うアメリアがいた。 |