― 14 ― 「――姫」 ギルバートが声をこぼせば、それがきっかけにしたように、姫君は室内へと足を踏み入れた。サーラが眠る寝台へと、一直線に迫ってくる姫君の前に、ギルバートは慌てて身を割り込ませた。 「お引き取りください、アメリア姫。サーラは今、眠っています」 「その女を起こしなさいっ! 起こして、父上を蘇らせるのよっ!」 悲鳴のように、アメリアは声を響かせた。 いつも王宮に軽やかに響いていたアメリアの鈴の音のような声。その音に、誰もが幸福を感じていたのは、遠い昔のように思えた。 ギルバートが暴いた欺瞞に、アメリアはいまだに固執しているのだ。 もう、今さら退けないのか? 愕然とするギルバートを前に、アメリアはなおも言い募る。 「貴方はこの国の騎士でしょうっ! 何故、わたくしではなく、あの女に肩入れするのっ!」 「私をこの国の騎士だと仰るのならっ! 姫様こそ、目をお覚ましくださいっ! 王は亡くなられたっ! 貴方こそが、次代の王なのですよっ? 王が王を求めて如何なさるっ?」 「わたくしはっ!」 栗色の巻き毛を振り乱して、アメリアは首を振る。 「わたくしはっ! ……わたくしには父上の代わりなんて無理よっ! 皆が求めるような王にはなれないっ! そんなことは、ギルバートっ、貴方だって知っているでしょうっ!」 赤茶色の瞳に涙を溜めて、アメリアはギルバートを見上げてきた。 亡くなった王の穴を埋めることが出来ない。それを誰よりも熟知しているのは、ギルバートでも国の重臣たちでもなく、アメリア自身だったらしい。 だから、彼女は王を求めた。 「――姫」 「皆、父上ではなくわたくしが死ねば良かったと思っているのでしょう? 知っているわ、わたくしが王の器ではないことはっ! だから、父上が必要なのでしょうっ? 蘇らせなければならないのでしょうっ?」 「……アメリア」 「誰かの命が必要だというのなら、わたくしの命を差し出すわっ! だから、父上を蘇らせるのよっ!」 欺瞞だと思った。アメリアが父王を蘇らせようとするのは、娘としての愛情ではなく、自らの不安を払拭するためだと。 しかし、アメリアは――恐らく、誰よりもこの国の行く先を憂いていた。 この国を導くには、自らの頼りなさを知っているから――。 「……姫」 「――――わたくしでは駄目なのでしょう?」 縋るように見つめてくるアメリアに、ギルバートは何と答えて良いのかわからなかった。 安易な気休めこそ、欺瞞だった。 言葉に詰まるギルバートの背中で、凛とした声が響いた。 「駄目だと決め付ける前に、貴方に出来ることから始めたら、どうですか?」 ハッと振り返ると、寝台の上で上半身を起こしたサーラがいた。 「……サーラ」 「出来ないことを成そうとするより、出来ることを成せばよいのではありませんか?」 呼びかけたギルバートを綺麗に無視して、サーラの薄紫色の瞳はアメリアを冷たく見据える。 「……出来ること?」 答えを求めるように問い返すアメリアに、サーラは冷たく言い放つ。 「私は貴方ではありませんから、貴方に何が出来るか、存じません。その答えは、貴方自身で見つけなさい」 甘えることを許さない厳しさは、ここでも健在らしい。 サーラは寝台の端に寄ると、そっとベッドから降りた。 そして、ゆっくりと部屋を横切る。 二人の脇を黙ってすり抜けて、部屋を出て行こうとするサーラに、ギルバートは慌てて声を掛けた。 「サーラ、どちらへ」 「ユウナの元へ。ここでは落ち着いて、眠れません」 「……いや、それは……」 部屋を出て行こうとするサーラに、アメリアが縋った。長いドレスの裾に足をもつれさせ、倒れるようにしてサーラの腕を掴む。 「待ってっ! わたくしに出来ることって何なのっ?」 鈴の音の騒々しさを、うるさい、と言いたげにサーラは僅かに眉間に皺を寄せた。 それでも損なわれることのない美貌で、彼女は姫君を振り返った。 「……そうやって、誰かに教えを請いなさい。王になるために、どうすれば良いのか。それならば、貴方にでも出来るでしょう」 「……何をっ!」 馬鹿にしているのか、とアメリアは頬を朱に染めた。 サーラの助言は、それしかアメリアには出来ない、と言っているようでもあった。 反射的に手を振りかざす姫君を前に、臆することなくサーラはどこまでも冷ややかに声を響かせた。 「未熟だと知っているのなら、それを改めれば良い。何も出来ないと諦めるより、何かが出来ると信じ、己が目指す未来へと歩くことは、決して愚かなことではないはずです」 「…………」 「私はそれを愚かだとは思いません」 決然と言い切ったサーラに、アメリアはそっと手を下ろした。 「わたくしは王になれるの? ……父上のように、この国を導ける?」 「貴方の努力次第でしょう。貴方が出来ないと諦めてしまえば、それまでです」 「……わたくし……」 「答えは貴方が出しなさい。私には貴方の代わりに答えを出す義理はありません」 腕を掴んでいるアメリアの手を解いて、サーラは背中を向けた。傍から見ても弱っている姫君にかける情けを彼女は持ち合わせていないらしい。 崩れるように、アメリアが床に座り込む。糸が切れた操り人形のようだった。 勝気な姫君の前屈みになった背中を眼にして、ギルバートはゆっくりと彼女に近づき、細い肩に手を置いた。 「――姫、私に出来ることはありますか?」 そっと問いかければ、アメリアは涙声で告げた。 「……わたくしが……父上のようになるには、何年も掛かると思うわ。それでも貴方は……わたくしを……この国を……見守ってくれる?」 「命と名に賭けて――私は生涯、ガリア王にお仕えする所存です」 「……貴方の誓いに報いる王に……わたくしは……なるわ」 胸にしがみ付いてくるアメリアを抱いて、ギルバートは顔を上げた。 遠くなる女神の背中を見つめ、彼は二度とサーラを追わないことを心に決めた。 自分が守るものは、この腕の中の姫君と彼女が背負う国だ。 * * * 「酷い――酷すぎ」 グエンの声が耳を打った。もう何度目になるだろう。嘆く言葉は、聞き飽きた。 「ごめんなさい、本当にごめんなさいっ!」 「ユウナちゃんまで、俺を捨てるなんてっ!」 「あの、決して捨てたわけじゃなくっ!」 ユウナが慌てて、声を張り上げ否定する。 そんな少年を前に、グエンは両手で顔を覆って泣き真似をする。間違いなく、芝居だろう。 しかし、ユウナは自分の仕出かした行いに頭が一杯であるらしい。 グエンの血塗れの上着に開いた穴を、不審に思って良さそうだが。全くもって、気が回らない様子だ。 「あのちょっと、気が散って――それでっ!」 瓦礫の下からグエンを助けようと、風の魔法を解放させたユウナは、瓦礫の残骸とともにグエンを吹き飛ばしてしまったらしい。 サーラが城から出ると、風に乗って城外へと消えたグエンを半泣きで探しているユウナと遭遇した。 そして、少年とともに探し回れば、これまた半泣きで城へと戻ってきたグエンと顔を合わせた。 それから延々と、先ほどの会話が続いている。 正直、サーラとしては辟易している。まだ大きな魔法を使った影響で、頭がボンヤリして立っているのも億劫だった。 早くどこかで休みたい、横になりたいと思うのに、二人の仲間は全くこちらの様子に気づいてくれない。 「酷いよ、助けてくれると思っていたのに、まさかゴミと一緒に捨てられるだなんて」 「あの、本当に捨てるつもりなんてなかったんですっ!」 「ユウナちゃんにとって、俺ってゴミ? ゴミ以下?」 身を屈め、涙目で上目遣いにグエンはユウナを見る。 「まさか、そんなっ! グエンさんがゴミだなんて、そんなこと思っていません」 「ホント?」 「本当です。グエンさんは大切な仲間ですよ」 「そ、そう? ねぇ、その言葉を信じていい?」 そっと尋ねるグエンを前に、サーラは限界を感じた。踵を返して、歩き出す。ふらつく足元が小石を蹴って、カツンと音を立てた。 それに気づいたユウナが、肩越しに振り返ってきた。 「サーラさんっ?」 呼び止められた声に、サーラは視線を返して言った。 「すみませんが、ユウナ。私は茶番に付き合ってはいられません。先に、宿に戻ります」 「茶番?」 驚いたように、ユウナが杏色の瞳を見開く。 本当に純な少年だ。グエンの小芝居に何度も騙されているというのに、疑うことを知らないらしい。 サーラは、ユウナからグエンへと瞳を向けた。こちらの視線に気付いて、グエンはビクリと肩を震わせる。 自らの小芝居が見抜かれていることを知って、驚いているのだろうか。白々しい。 こんな小芝居に騙されるのは、純朴なユウナだけだと承知しているだろう。 グエンの嘘はサーラには通じない。偽ろうとしても、見抜けてしまう。 これは、茶番だ。 ユウナが、グエンを捨てるはずなどないことを知っていながら。 答えを知っていながら、答えを求める。 これが茶番でなくて、何だと言うのか。 サーラがグエンのことを好きになれないのは、ユウナの信頼を受けていながらそれを試すことだ。 グエンの身の上を案じるユウナの心配を余所に、彼は飄々と嘘をつく――グエンとしては、その身の秘密を守らなければならないわけだから、嘘はしょうがないのだろう。その秘密が抱える重たい事実を知っているサーラも、その秘密だけはユウナから隠し通さねばならないと考えていた。 残酷な事実は、純な少年の心をさいなみ傷つけるだろう。花のような笑顔がしおれてしまうのは、サーラとしても承服しかねる。 だが、秘密と関係のない場面でも、グエンはこうして、ユウナの心を試そうとする。 少年の心の半分を奪っておきながら、それでも確かめずにいられない。 嫌われてはいないのだと、確認するように、ユウナに問う。 だから、サーラはグエンのことは好きになれない。 それに我が身を省みない無鉄砲さも、許しがたい。怪我をしても構わないという前提の行動が鼻につく。 そうして、グエンが傷つけばユウナが気に病む。そんなことにも頭が回らず、まして一応、癒し手である――その能力を安易に使うことを封じてはいるが――サーラの前でも平然と己の身を危険に晒す。 こちらが、何も感じないと思うのか。どんな憎たらしい相手でも、怪我をしている者を見れば、感じることは少なからずある。 生命魔法を使うことはないと、決めていても。 思うことはあるのだ。 それを察しないグエンが憎たらしいから、心配などしてやらないと心に固く誓った。 そんな相手を好きになることなんて、どう考えても無理な話だろう。 しかし、同時にサーラとしてはグエンのことを嫌いにもなれない。 結局、同じ穴の狢なのだ。 ユウナという純朴な花の蜜に集う、蝶と蜂のように。 サーラは、自分とグエンを重ねあわせる。 ユウナに認められることで、己の弱さと立ち向かい前へと突き進む。少年の蜜が自分たちに活力を与えてくれる。 互いに求めるものは、同じなのだ。 嫌いではない。ただ、好きにはなれない。 自分が欲しいと思っている存在の、片方の手を引っ張っている恋敵を寛大に許せるほどに、サーラは大人ではなかった。 独占欲に支配される心が言葉を紡ぎ出す。 「ユウナの言葉を信じてよいかと聞きましたね。では、信じるなと言ったら、貴方はユウナを信じないわけですね?」 サーラはフッと息を吐き出しつつ、グエンに低く問いかけた。 「信頼という言葉をあえて口にして、確認しなければならないような相手とパーティを組むのは実際問題、かなり問題ありと思います」 「……えっ?」 瞬く藍色の瞳を無視して、 「勿論、私はユウナのことを全面的に信じています。あえて、仲間などと言葉を口にせずとも」 サーラは薄紫色の瞳を少年に差し向ける。 「あ、ありがとうございます、サーラさん」 ユウナが頬を赤く染めて、礼を言ってきた。信頼されているということが、嬉しいようだ。 「いえ、礼には及びません。しかし、私とユウナの間に問題はなくとも、ユウナとグエンの間に問題があるようでしたら、これはパーティの編成を考えなければならないでしょうね」 「えっーと……姫?」 横目に見る視界で、グエンが頬を引きつらせた。 サーラはそんな彼に頬を傾けるようにして、告げた。 感情表現は忘れてしまったサーラだが、傍目には笑っているように見えるかもしれない。 「さようなら、グエン。――五ヶ月と言う短い間でしたけれど、お世話になりました。どうぞ、健やかにお過ごしください。――それでは、ユウナ、参りましょう」 少年の手を取って、サーラは歩き出す。 引きずられるようにして歩き出したユウナは、サーラとグエンを交互に見やり、目をパチクリしている。 「えっ? えっ? あ、あの?」 いきなりの展開に、何が何だかわからないらしい。 暫くして、サーラによって本当に捨てられたことを理解したグエンの悲鳴が、町中に響いた。 「――まっ! 待ってぇぇぇぇぇぇっ!」 「姫君の憂鬱 完」 |