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 右手に青い布地、左手に白い布地のマントを手に、絶世の美貌の麗人は無表情に口を開いた。
「この青と白のマント、どちらがお安いのですか?」
 淡々とした声音は、その実、どちらでも構わないと言うように、投げやりに聞こえた。問いかけられた店主は二つのマントを見比べて、どちらも同じ値段です、と答えた。
「…………」
 値段でどちらを購入するのか、決めようとしていたのだろう。彼女は手にしたマントを無感動に眺め、首を振った。
「どうして、同じ値段なのです? 色を染める行程で、青色には手間が掛かっているはずです」
「た、確かに……。しかし、白色の方は織り方に工夫がしてありまして。同じようにまた、手間が……」
 難詰するような――どこまでも淡々とした声ではあるが、聞き手にはそう聞こえるらしい――サーラの問いかけに、店主は声を小さく説明した。
「…………」
 サーラは決め手を失い、立ち尽くす。そんな彼女の背後に立つ人影があった。
「姫、楽しくお買い物しようよ。久しぶりに大きな町に来たんだからさ」
 グエンは、端整な顔立ちを少し呆れたように弛緩させて、サーラの肩に手を置いた。
「全く予定にない、久しぶり――でしょう。第一に装備品を整えるのに、楽しいも何もないと思いますが」
 するとサーラは、ピシャリと冷たくグエンの手を払って、切り返す。
 グエンのせいで目的地とは違う地に来てしまったことを、キッチリと会話の中に織り込む辺り、実に彼女らしい反論だった。
「でも、マントは身に付けるものでしょ? お洒落を考慮して、好きな色を選ぶとか。ホラ、何もそんな地味な色じゃなくって、こっちのピンクとか」
 グエンが差し出したピンク色のマントに、サーラはスッと片目を細めた。
 それは鮮やかなコーラルピンク。海辺の町で特産品として売られている珊瑚の色をしたその色は、とにかく目に刺激的なくらい鮮やかだった。
「……貴方が身に付けたらどうですか?」
「いや……俺は」
 グエンは手にしたピンク色のマントを目にして、頬を引きつらせた。
 男が身に付けるには、ちょっとばかり恥ずかしい色合いである。
「自分が着もしないものを他人に薦めるのは、如何なものかと思いますが?」
 半眼で問いかけてくるサーラの言葉の言外に――余計な口出しするな、と聞こえる気がするは幻聴か?
「まあ、そ、そうなんだけどね? でも、女の子だからこそ似合う色っていうのも、あるじゃん」
 グエンは頬を引きつらせたまま、会話を続ける。ここでめげてしまっては、サーラと会話を成立させることは難しい。旅を共にする仲間同士、打ち解けておいて損はないはずだ。
 しかし。
 グエンの意気地を挫くかのような反応が瞬時に返ってくる。
「浅薄ですね。女子だからピンクが似合うだなんて、何て前時代的固定観念にとらわれた思想の主なのです、貴方は」
 救いがない、と切り捨てるような冷たさで、サーラはグエンを睨む。
「……前時代的って……」
 何故こうも、サーラの反論は強烈なのか。
 憎いのか? 嫌いなのか?
(……姫は、俺のこと、嫌いじゃないって言ったじゃないか!)
 少し前、旅の過程でグエンはサーラに問いかけていた。
『姫ってば、俺のこと嫌い?』と。
 そのときの彼女は『嫌いではない』と、グエンの問いを肯定しなかった。
 サーラの言葉に縋って、グエンはなおもしつこく、会話を成立させようとする。
 同時に、『好きになる要素がない』と、言われたことは聞かなかったことにしておく。
 サーラが自分に対して容赦がない理由を、グエンは何となく知っていた。それはこの身に流れる穢れた血が原因なのだろうということを。
 サーラがその血を差別しているということはない。
 彼女は秘密を明かしたグエンを前に、一片たりとも同情を見せなかったが、動揺もしなかった。ただ、淡々と受け止めて、グエンの秘密をユウナから守ろうとしてくれている。  
 穢れた血がもたらした現実をユウナが知ったとき、少年の心傷つくことを憂慮しているのだ。
 ただ、彼女の繊細な心遣いに対して、あまりにも自分が、大雑把過ぎるのが彼女の反感を買っているのだろうということを、グエンは自覚しないでもない。
 仲間を守るために、無茶をしてしまう自分。それによって、秘密がばれる可能性があるとわかっていても、己が身を盾にすることを止められない。
 サーラにしてみれば、もっと仲間を信用しろ、と言いたいのだろうが。こればっかりは、条件反射で行動してしまう。
 そうして、サーラとグエンの間には埋めようのない溝が出来、二人の間をユウナがかろうじて繋ぎとめているような状態だった。
 グエンとしては、ユウナと同じようにサーラも大切な仲間なのだけれど。今のところ、どうにも一方通行の感覚は否めない。
 グエンは視界の端に見つけた花柄のマントに手を伸ばしつつ、言った。
「じゃあ、こっちの花柄は? 可愛いよ? こっちの水玉も」
 前にサーラ自身、女の子は可愛いものが好きだと言っていた。サーラがやけにユウナに甘いことを指摘すれば、『女の子は可愛いものが好きなのです』と彼女は答えたのだ。
 花柄や水玉の愛らしい模様のマントを手にして、グエンは自信満々に笑って見せた。これなら、反論されることはないだろう。
 しかして、サーラは薄紫色の視線をマントに走らせると、呆れたような嘆息を吐いた。
 マントに入った模様は、無地の布地に後から染められたもののようだ。花柄模様は染めやすいようにとの工夫からか、一つ一つの模様が無駄に大きい。水玉模様のマントは青地に赤色という、眉を顰めたくなる配色だった。
 こんなものを薦めてくるグエンが、サーラには信じられない様子だった。
「貴方の美的センスのなさには、共感しかねます」
 彼女は冷淡に言い放った。
「…………」
 グエンは笑顔のまま、凍りつく。
「貴方には想像力と言うのが、欠如しているようですね。そのマントを身に付けた私が想像できますか? 花柄? 水玉? 可愛ければ良いという、その短絡思考、どうにかして欲しいものです。似合う、似合わないという問題は、もう棚上げですか?」
「…………」
 グエンはガンガンと、頭を叩かれているような錯覚に陥る。
 この身が釘なら、木材に完全に打ち付けられて――それでもなおかつ、頭を打たれて、木材ごとへこんでいる気がする。
「で、でも」
 言い訳しようとグエンが口を開きかけたその瞬間、店の奥から走ってくる人影があった。
 フード付きのマントを羽織った小さな人影は、愛らしい顔立ちで、まるで少女のようではあるが――正真正銘の少年である。
 花のような笑顔を湛え、頬を微かに上気させたユウナは、サーラとグエンの前に駆け込んできた。
「サーラさん」
「どうしました、ユウナ」
 サーラは小首を傾げて、ユウナに視線を返した。表情は無表情だが、声の調子が若干柔らかくなったような。
「あの、これを奥で見つけたんです。サーラさんに似合うんじゃないかと思って」
 そう言ってユウナが差し出したのは、淡い――微かに色が着いているかのような薄紫色のマントだった。
 上質の糸が使われているのか、光が当たったその部分が銀色に見える。
 サーラの瞳と髪の色と同色のそれは、サーラのために仕立て上げられたみたいだった。手触りも上質で軽い。織りもしっかりしていて、引っ張っても簡単にのびない。
 少々、値段が張るだろうが、買って損はないと思わせる。
 自然、サーラの口からこぼれる言葉は感嘆。
「素敵ですね」
 サーラはユウナの手から、そのマントを受け取ると店主を振り返った。
「これを頂きます」
「は、はい」
 店主はそれを包むため、カウンターの奥に消える。それを見送って、サーラはユウナを振り返った。
「ユウナ、ありがとうございます。ユウナのおかげで素敵なマントを購入することができました」
「あ、そんな、お礼なんて」
 ユウナは照れたように、顔の前で両手を振った。
「いえ、礼を言わせてください。どれにしようか、迷っていたのです。通りすがりの誰かは私にピンクを薦めてくる」
 いつの間にか、グエンの存在は通りすがりにまで、格下げされた。
「…………」
 思わず顔を顰めたグエンに気づかず、ユウナは杏色の瞳を丸くした。
「サーラさんにピンクを?」
「ええ、これなのですが」
 サーラはグエンが示していたピンクのマントをユウナの前に晒した。
「……サーラさんのイメージじゃないですね」
 ユウナは真剣にその色を吟味して、呟いた。もっと淡い色だったなら、サーラさんにも似合いそうですが、と。かくも真剣に告げる。
「そうでしょう。挙句の果てに、水玉模様や花柄を」
 そして、サーラは柄入りのマントを、ユウナに見せた。
「……酷いです」
 少年は眉をひそめ、それしか言葉がないというように、短く感想を述べた。
 ユウナの背後で、グエンは頭を抱え悶絶してみせるが、趣味の悪いマントに目が釘付けの少年には見えない。
「サーラさんには柄物は必要ないと思います。だって、サーラさん自身がとても綺麗なんですから」
「ありがとうございます、ユウナ。世辞でも嬉しいものですね」
「お世辞なんかじゃないです」
 ユウナはサーラを見上げて言い募った。
 表情は無表情だが、サーラの絶世の美貌は、グエンやユウナがこれまで出会った誰よりも美しい。それは純然たる事実で、二人の仲間は心の底から、真剣にそう思っていた。
 だから、グエンとしてはサーラにはお洒落をさせたいと思った。どうやら、自分のセンスは彼女には受け入れてもらえなかったようだが。
 そして、ユウナもまた、同じように考えていたのだろう。少年が選んだマントは、サーラの存在をそのまま映したもの。
 少年が店の奥でそのマントを見つけた瞬間、どうしても彼女に見せたいと思ったらしい。そうして一直線に走ってきたユウナの目に、グエンの存在が映っていたのかは、疑問だ。
「ユウナの買い物は済みましたか?」
 店の奥から戻ってきた店主に、包みを受け取ると、サーラは僅かに首を傾げるようにして、ユウナを見た。
「あ、それがまだ。あの……サーラさんにご相談したいんですけど、良いですか?」
「はい」
「魔弾を補充しようと思って探していたんですが、この町は魔法アイテムの種類も豊富で、色々あって……一緒に見立てて欲しいんです」
 ユウナは優秀な魔法師であったが、唯一の欠点があった。それは実戦の現場に置いて、魔法を組み立てられないということ。呪文を唱えて魔法を実行に移す際、緊張感から頭が真っ白になってしまうという。
 そんな少年は自らの欠点を補うべく、魔弾という魔法アイテムにあらかじめ、作り上げた魔法を入れておくという方法を取った。
 実戦の現場では、この魔弾に閉じ込めた魔法を解放して戦うのが、ユウナの戦法だった。故に、魔法の種類に応じ、なおかつ、どんな現場にでも対応できるように、少年が背負うリュックの中には沢山の魔弾が納まっていた。
「では、ユウナ。物を見ながら話を聞きましょう」
 チラリと、サーラの瞳がグエンを見た。
「魔法使いとして、私にアドバイスが出来ればよいのですが」
 すっと、サーラがユウナの背中に手を当てる。少年は促されるままに歩みを進め、二人は店の奥へと消えていった。
 そして、取り残されたグエンは――剣士の彼に、アドバイスできることなど一つもない。そのことを見越して、邪魔をするな、というようにサーラは視線を投げてきたのだろう――一部始終を見ていた店主と目が合う。
 店主の目に同情の色が浮かんでいるのを見て、グエンはハハハと、無理矢理笑顔を作った。
「やっ! オヤジさん、何か、お奨めの商品とかある?」
「毛皮のマントなんか、どうですか? お客様にぴったりですよ」
 店主は冗談のつもりだろうが、現実問題として、サーラの素っ気なさに心が完膚なきまでに徹底的に凍りつけられたグエンは、情けなく眉を下げた。
「……………………笑えないって」


                 * * *


 船を乗り間違えたミスは、二人の買い物の代金をグエンの懐から出すということで、一応の解決を見た。
 グエンは、すっかり空になった財布をジッと見つめた。見つめたところで、軽いという現実が変わるわけではないだろうが。
「あの……本当に、買ってもらって良かったんですか?」
 財布を見つめる寂しげなグエンの横顔に、ユウナは問いかけていた。
 魔族退治で、ギルドから貰う報酬は、旅費を除いた残りを三人で山分けしていた。そうして、それぞれが手にした報酬で、各個人、装備品を整えている。
 ユウナの魔弾は、魔法アイテムとしては――中に、最初から魔法が閉じ込めてあるとなれば、値も倍に跳ね上がるだろうが。入れ物としてのアイテムは――そう珍しいものではない。だが、揃える数が数だけに総合的に見れば、金額的には大きい。
 実戦において、魔法を組み立てられない欠点を補うためのものだから、その出費はユウナにとって、覚悟の上だ。
 それでも、冒険者になりたい、とユウナは思った。
 勇者として名高い両親の能力を受け継いだユウナは、自分の魔力を誰かのために役に立てたかった。
 だが、自分の欠点が仲間の足を引っ張ってしまうのは、心苦しい。
 上目遣いでユウナは、グエンを見上げた。
 長い睫の影を映した大きな杏色の瞳を見下ろして、グエンは笑う。
「うん、大丈夫だよ。また、バシバシ、魔族を退治しちゃうからね。そして、人助けしちゃおうね」
 そう言って、グエンは肘まである黒い手袋に包んだ右手を握った。鍛え上げられた筋肉が半袖シャツから伸びた腕に力拳を作る。
 グエンの、精悍な面差しの端整な顔に浮かんだ明るい笑みにつられて、ユウナは頷いた。
 しかし、サーラが現実を突きつけるような声が、二人の間に冷ややかに割り込んできた。
「倒すべき魔族が簡単に見つかればよいのですが」
「…………えっ?」
 ユウナが振り返れば、サーラは肩にかかった白銀の髪を払って、二人の脇をすり抜ける。
「どういうことですか?」
 サーラを追いかけて、ユウナは美麗な横顔にそっと問いかけた。
 薄紫色の瞳が、横目にユウナを見やって尋ねてくる。
「この東の大陸は、先の〈ゼロの災厄〉の被害は少なかった。その意味はわかりますね?」
「……倒すべき、魔族がいない……?」
 反射的に問い返した言葉に、ユウナは愕然とした。それでは、旅をする意味がない。
 戸惑うユウナに、サーラが無感動な口調で補足した。
「全くいないというわけでは、ないでしょうが」
「…………」
「まあ、それはギルドに行ったら、わかるんじゃないかな」
 場を和ませるような声音でグエンがそう言うと、ポンとユウナの背中を叩いた。


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