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 ― 8 ―


 始まりは、城下の見回りだった。
 魔族の襲撃によって治安が乱れる中、その混乱に乗じようとする恥知らずがいた。
 城下で略奪被害が増えているという報告を受けて、ギルバートは城を出た。親衛隊であるギルバートが外に出なければならないほど、どうにもこうにも人手が足らなかった。
 城だけではなく、町も被害を受けて、町の治安を管理する者たちも動けないほどの重傷を負っていたのだ。
 魔族の襲撃は、それまで平和に暮らしてきたガリア王国に大きな傷を与えた。何よりも国王を失ったことが痛かったが、ここで王家の威光を翳らすわけにはいかない。
 こんなときだからこそ――。
 魔族の襲撃を前にして、歴然とした能力差を見せ付けられたギルバートは、己の内側に巣食った絶望を振り払うようにして、精力的に動いた。
 そして、町に出たギルバートは、癒し手の噂を聞いたのだ。
 白銀の髪の麗人――その美貌から、サーラが町の診療所で生命魔法を使ったことは瞬く間に広がっていた。
 ギルバートは癒し手の話を聞いて、サーラの能力で城内の重傷者の治療を考えた。
 思い立ったら、ギルバートの行動は早かった。
 町の者から情報を集め、彼女とその一行が冒険者であるらしいことを突き止め、冒険者ギルドで身元を照会し、サーラが「命の女神」と呼ばれる奇跡の魔法師であることを知った。
 決して、国王を蘇らせようなど思って、アメリアにサーラのことを話したわけではない。
 冒険者であるのなら、また再びあるかも知れない魔族への襲撃に対し、対応できる術を伝授してもらえるかもしれない。
〈ゼロの災厄〉に、この国は無縁であったために、魔族との戦い方を知る者は少なかった。繰り返された襲撃にも、魔族の強大な力の前になす術なく倒れていった仲間たち。
 ギルバートも応戦しようとしたが、空を飛ぶ魔翼鳥に届く剣はなく、衝撃波を放つ魔獣を前に後退するしかなかった。
 無力なギルバートは、アメリアを地下へと避難させることしか出来ず、魔族たちが去っていくのを、息を潜めて待つだけ。
 そうして、襲撃が明けてみれば大事な国王を失っていた。
 もう二度と、奪われてはならない。その為には、魔族と対等に渡り合える術が必要だ。
 サーラとその仲間たちに助力を願おう――そう進言したギルバートの言葉に、アメリアは、
『その癒し手を連れて来て、父上を蘇らせましょう』
 身を乗り出すようにして言ってきたアメリアを前に、ギルバートは深緑色の瞳を見開いて驚いた。
 サーラが蘇生魔法を使えると知っても、ギルバートには、国王を蘇生させるなど考えもつかなかった。死んだ者が蘇るなど、常識では考えられない。
 そこに実例があったとしても、ギルバートは信じる気にはなれなかった。
 死者を蘇らせるだなんて、それこそ神の所業。いかに女神と謳われようと、簡単に人が手を出してよい領域ではないだろう。
 禁忌と呼べるその行為に、ギルバートは恐れを抱いた。
 だが、一度固執してしまったアメリアの考えを覆すことも出来なかった。
 突然父王を失って、アメリアは王家の人間としてその華奢な双肩に、全てを背負う覚悟が出来ていなかったのだろう。
 結局、アメリアの言葉を跳ね除けられずに、ギルバートはサーラとその仲間たちの身柄を確保することとなり――今に至る。
「私に、命を求めないで下さい」
 アメリアの望みに対して、拒否するサーラの横顔をギルバートは見つめた。
 冷気を保つために極力明かりを押さえた霊廟のなかで、揺れるロウソクの炎を受けた白皙の美貌。
 一片の動揺も見せず、凛と背筋を伸ばし姿勢正しく佇む彼女は神々しくて、まさに女神の異名をとるに相応しい風格があった。
 だからこそ、サーラには死者を蘇らせることが出来るのだと、思わされる。
 出来ないと、彼女は言わない。
 ただ、「生き返らせない」と拒否する。
 仲間の命を盾に取られても――。
 頑ななまでに「生き返らせない」と拒むのは、彼女にそれだけの能力があるのだ。
 その確信は、アメリアを意固地にさせる。
 出来ないのだと、そんな能力はないのだと言われたら、諦めるしかなかっただろう。しかし、サーラは蘇生の可能性を否定しない。
「何故っ? 仲間が死んでも、あなたが蘇らせるからっ?」
「いいえ。例え、仲間であろうと――私は誰も生き返らせない」
 サーラの声は揺るぎなく、言葉を紡ぐ。
 死者の眠りを守る霊廟の静寂の中に響く彼女の声は、ギルバートの内側に波紋を描いて、波立たせた。
「では一体、あなたの魔法は、何のための癒しの能力なのっ?」
「守るための能力です。私が望んだのは未来のための、守る能力。死者という過去に捕らわれるためのものではありません」
 サーラは、澱むことなく決然と言い切った。
 死者に拘るアメリアを愚か者だと切り捨てるように、薄紫色の瞳は冷ややかに姫君に向けられた。
「死者が過去だというの?」
「生きている者を縛り付けるのなら、それは過去でしょう。貴方が未来を望むなら、過去は思い出だけにするのですね」
「あなたが言う、未来って何? 魔族に怯えながら暮らす生活を未来と言うのっ? そんな窮屈な未来なんて、ゴメンだわ」
 アメリアは首を振った。巻き毛が駄々をこねるように揺れる。
 そんな姫君を見つめる薄紫色の瞳に感情はなく、サーラは淡々と声を吐き出して、問い返した。
「ならば、貴方の望む未来とは? 死者を蘇らせてまで手に入れたい未来はどんなものなのか、聞かせていただきたいものですね」
「魔族に屈することなく、人々が平和に暮らせる未来よ。その為には、強力な指導者が必要なのっ!」
 サーラと、アメリアが語る「未来」という言葉は、どちらも同じように聞こえる。
 なのに、ハッキリとした違いをギルバートは聞き分けた。
 アメリアの語る未来は、子供の手を引いて歩こうと言っている。
 しかし、サーラは過去を思い出と割り切って、その足で歩けと言うような――厳しさがある。
 甘えを許さない厳しさは、この冷ややかな美貌の麗人らしく。
 そして、その潔さは、武人であるギルバートの心を動かす。
〈ゼロの災厄〉の脅威に、恐れを抱いて生きていかなければならないのなら――強く。
 混乱する時世に王が健在なら、その一声で安心する民は多いだろう。でも、王を失ったのなら……。
「アメリア姫――」
 ギルバートはサーラに詰め寄ろうとする姫君に手を伸ばす。
 国民を守るのは、導くのは、アメリアしかいない。彼女が、父王を蘇らせることによって、王族としてのその責務から逃れようとするならば、王国として存続する未来はない。
 愛しい者を望む気持ちはわからないでもないが、やはりこの方法は間違えている。
 そう確信するギルバートが、アメリアの手を掴んだその瞬間――。
 ――ドンっ、という鈍い響きと共に大地が揺れた。
 よろけるアメリアを抱えて、ギルバートは床石の上に倒れた。パラパラと降ってくる砂粒に、片目を細めて天井を仰げば、ポッカリと開いた穴から空が見えた。
「なっ――」
 驚愕に声が詰まる。
 そこへ、男性の声が響いた。
「魔族の襲撃だっ! 姫、行くよ」
 重なるように響くのは少し甲高い、少年の声。
「サーラさんっ!」
 声に名前を呼ばれて、サーラは走る。白銀の髪を躍らせて、走り去るその背中を目で追えば、霊廟の入り口に立つのは、サーラの仲間であった少年。
 少年が身を乗り出すようにして、差し出した手をサーラが取って――二人の姿はギルバートの視界から消えた。


                  * * *


 風の魔法を叩きつけて、鉄格子を折り曲げた。ゆがんだ格子の間から、ユウナとグエンは牢から抜け出す。牢屋側には見張りはいなかったが、地下から出るところのドアには見張りがいた。
 しかし、グエンの拳を腹に受けてあっけなく失神する。
 見張りのぐったりした身体を探って、グエンは鍵束を取り出した。
「多分、俺たちの装備品は近くの部屋に収められていると思うよ」
 と言うグエンの言葉通りに、近くの部屋にグエンの剣とユウナのリュックが置いてあった。
 リュックを背負うユウナの脇で、グエンは剣を腰に携えながら首を傾げた。
「やけに見張りが少ないね」
「……そうですね」
「まあいいよ。居たら居たで、眠ってもらうから。ホントは人間相手に立ち回りたくないんだけどねー」
 グエンは黒髪の頭を面倒臭そうに掻いて、そう言った。肘まである手袋を嵌めた右手を伸ばして、ドアに手を掛ける。
「……いいんですか?」
 ユウナはグエンに続いて、廊下に出ながら問いかける。
 ここは、慎重に行動すべきではないだろうか?
 派手な動きは相手を刺激する。サーラの身を案じれば……そう不安になるユウナに、グエンは笑う。
「姫の魔法を必要としている以上、姫に無茶なことは出来ないよ。それに、姫が負けるわけないじゃん。でなきゃ、俺たちの姫じゃないよ」
 いつもサーラに負かされているグエンの言葉に、ユウナはそっと笑った。妙に説得力がある。
 そうして、地下を抜ける。途中で、城に仕えているらしい女官を見つけて、グエンはサーラの居場所を聞き出す。
 相手が女性だったからか、グエンが悪人ぶって脅せば直ぐに答えてくれた。
 サーラはこの国の王女と重臣たちとともに、霊廟に向かったらしい。
 危惧していた現実に、ユウナは暗澹たる気持ちになった。
 サーラは大丈夫だろうか?
 理不尽な要求に、心を傷付けていないだろうか?
(早く……サーラさんのところに)
 駆け出すグエンの背中を追って、ユウナも懸命に走った。
 そして、城の裏手に建てられた半地下になっている霊廟の入り口へ辿り着いたとき、グエンが不意に空を仰いだ。つられてユウナも天を見上げれば、青い空を横切る強大な影があった。
 片翼だけで、成人一人の背丈分はありそうな、鳥にしては大きいそれは――。
「魔翼鳥――っ!」
 声を上げた瞬間、天空で旋回した魔翼鳥が急降下してくる。
 キィィィィィィッ――悲鳴のような泣き声とともに、魔翼鳥の背中から稲妻にも似た閃光が迸り、霊廟の屋根が貫かれる。
 その衝撃は大地を揺らし、ユウナは転びそうになるところをギリギリで踏ん張り、魔翼鳥の動きを視線で追えば、鳥の背に人が立っていた。
(――魔人っ!)
 ドンと、グエンが霊廟の重々しいドアを蹴った。彼の一蹴りでドアはあっけなく吹っ飛ぶ。暗い室内に向かって、グエンは声を張り上げた。
「魔族の襲撃だっ! 姫、行くよ」
 サーラの存在を確認するまでもなく、グエンは踵を返した。
 ユウナが代わって、霊廟を覗き込み――彼女の名を呼んだ。
「サーラさんっ!」
 薄暗い中に、目当ての麗人の白い美貌は直ぐに見て取れた。
 ユウナは彼女に向かって手を差し出すと同時に、こちらに駆けてきたサーラが手を掴む。
 ギュッと互いの存在を確かめるように、手のひらに白い手を包み込んで。
 ユウナとサーラは、グエンを追いかけた。




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