― 14 ― 大地の震動が伝わってきて、ルセニアの身体は傾いだ。弾みで、狭い空間に身を寄せ合っていたカネリアの肩とぶつかった。 柔らかな衝撃に、ルセニアの散漫していた――自分の中に流れる血と、カネリアとの関係を知ったことで混乱していた――意識が、急速に収束していくのを実感した。 目の前にいる魔人の女が、己の母である、その事実。 認めるべきか、否か。 視線を上げれば、長い睫に縁取られた緋色の瞳とかち合った。 『……我を恨め。……だが、フランは恨んでくれるな……己を蔑むな』 どこか悲しげな色を浮かべて、カネリアは声を吐いた。 ……恨む? 漠然と、その単語を胸中で繰り返す。 ……恨む。 …………恨む? ルセニアの口元に笑みが浮かんだ。自嘲するするように、笑みがこぼれる。 それが出来るなら、初めから――。 そう、初めから――彼女の命より、自分の命を絶つことを選んだりしなかっただろう。 恨み、憎むことが出来ないからこそ、ルセニアは自らの命を糧にユウナたちに全てを託したのだ。 そんな己の心を知れば……自然と、わだかまりが解けるのを自覚した。 まるで、ルセニアの変化を察したように、辺りの空気が変わるのがわかった。サーラが敷いた結界が解かれたようだ。 『終ったようだな。……行こう、ここは危険だ』 カネリアが促すのに、ルセニアは黙って従った。瓦礫の間から抜け出せば、外は夜の闇が支配する中で、月の明かりが地上を照らしていた。 そして、割れた大地の淵でこちらを見上げてくる三人の冒険者たちがいた。 * * * 「<清浄なる唄>」 サーラの浄化の魔法呪文で、カネリアのカラスの濡れた羽色のような黒髪が、瞬くうちに蜂蜜色の透明な金へと変化した。 肩の位置で無造作に切り取られたその髪色は、ルセニアと同じ色だった。 夜の帳が降りて、辺りが暗闇に沈むなか、空に昇った月と星の明かりを受けて輝く黄金色。 「髪を……染めていたんですね」 月映えする髪の煌びやかさに、ユウナが感嘆交じりの声で呟けば、その隣でグエンもまた納得したように頷いた。 「その髪と瞳の色じゃ、ルセニアとの血縁を疑われても仕方ないね。関係を隠すなら、染めなきゃ」 明らかに同系統の色合いを持つ蜂蜜色の髪と緋色の瞳。 カネリアとルセニアの二人が並べは、血の関係を誰もが考えただろう。 幼い頃はともかく。骨格の違いはあるし、顔立ちもそんなに似ているとは思えない――確か、アンナの話ではルセニアは、父親のフランに似ているとのこと――しかし、蜂蜜色と緋色は人目を集めてあまりある程、煌びやかで印象的だった。 最初にこの村に現れてから約二十年の間、カネリアは村に下りることはなかった――村の代表だけにしか、対面しなかったと――というが、六十年前に彼女は、大勢の人間の前で魔族としての能力を見せつけていた。 そのときに焼きついた記憶は、二十年の月日に風化はしたかもしれないが、完全に消えることはなかっただろう。 村でルセニアを育てるには、どちらかが姿を偽るしかない。 ならばと、カネリアが髪を黒く染めて、村人の前に現れれば、おぼろげな記憶に宿りし金髪の魔人の女の姿は――黒髪の魔人の女へと書き換えられる。 カネリアが村の女たちを呼び寄せ、身の回りの世話をさせていたのも、そういう理由があったからなのかもしれない、と。ユウナは考えを巡らせる。 第三者を介入させることによって、フランとの関係も村の支配者と――実際に、カネリアが支配していたわけではないけれど――村の代表という、恋愛感情が入り込むことのないものだと、見せ付けた。 幾つもの偽りと、沈黙を重ねて。 誰にも気付かれないよう、細心の注意を払って。 彼女は黙して、ルセニアを見守り続けた。 「…………この姿に戻る日が来るとは、な」 カネリアは、肩に触れるか否かのところまで短くなった髪を指先で払った。 サーラが短剣で切った髪の位置まで揃えると、長かった髪も短くなってしまったのだ。 だけど今、ユウナたちの目の前にいる女性からは、先ほどまでかもし出していた妖艶さは消えていた。 ルセニアが貸した灰色のマントが胸元を隠しているせいもあるだろう。 しかし、金色の髪の華やかさと美貌を覗けば、人間の女と――魔族の特徴である尖った耳も髪で隠れているので――変わらないように見える。 ――完全にこの世から、黒髪の魔人の女、カネリアは消えた。 そう実感させるくらいの変貌だった。それを思えば、ルセニアとの関係を伏せるために髪を染めたことが功を奏していたと言わざるを得ないだろう。 ユウナは、二人の母子を改めて見つめた。 まだどこか、ぎこちない距離が二人の間にはあった。知らないこととはいえ、母親に矢を向けてしまったルセニアには当然、バツの悪さが残るだろう。 カネリアもまた、沈黙に徹し真実を語らなかった故に、歪んだこの関係を己の責任だと思うところもあるかもしれない。 後一歩、カネリアが村人たちに歩み寄っていたならば。 無言の圧力にも似た彼女への恐怖は解かれ、親子と名乗ることも可能な環境が作れていたかもしれない。 だが、全ては過去のこと。今さら悔やんでも、なかったことには出来ない。後悔は付きまとう。 だけど……と、ユウナは思う。 後悔を知っていれば、この次は間違った道を選ぶことはないはずだ。 「これから、どうされるんですか?」 ルセニアとカネリアを見つめ、ユウナは問いかける。そっと、微笑みながら。 この二人なら、もう二度と間違えることはないと確信できたから、自然と笑っていた。 花を咲かせるように可憐に微笑むユウナに、ルセニアもつられて笑っていた。 少女のような外見のユウナの笑みには、不思議と緊張を解く効果があるようだ。本人は自覚していないのだが。 「暫くは、この村に留まる。カネリア様……母のことは、私の親類ということで」 ルセニアがこぼした「母」という単語に、カネリアが驚いたように我が子を振り仰いだ。緋色の瞳を見開いて、何かを呟きかけたが何を言ってよいのか迷った様子で、静かに唇を閉じる。それから、ルセニアの真意を探るように視線を送った。 しかしルセニアは、それにわざと気付かなかない振りをして、続けた。 「父は村の外に女を作っていたと思われていた。だから、突然、私の元に腹違いの妹が現れたとしても十分に通せるだろう」 どこか冗談めかした声音で言って、ようやくルセニアはカネリアの視線を受け止める。 「それで……構わないでしょう?」 どこか心もとない感じのルセニアに、カネリアは戸惑ったまま、問い返した。 「良いのか、我は……」 己の存在を言葉にするのを憚るように、声がしぼむ。魔族である母親を背負わせることを迷っているのだろう。 「魔族だとか、人間だとか。……そんなことを問題にしてしまったら、私は人ではありませんよ?」 ルセニアは己の胸に手を当てると、金髪を肩でサラリと鳴らして小首を傾げた。 その顔には何かを吹っ切ったような、清々しい笑顔が浮かんでいた。 自らを縛っていた鎖を解いたのか、解けたのか。 思えば、テッドが凶刃を握ったことも。カネリアが沈黙し、村の守護者に徹したことも。どちらも親が子を思う形の行く果てだと理解すれば、どちらが間違っていると質すことのほうが無意味なのかもしれない。親は子を思うのが常ならば……。 魔族も人間も、何も変わらないのだと。 ルセニアがそれに気づいたのだと、ユウナは彼の笑顔を見て思う。 「……それとも、私を……母上のお仲間のところへ連れて行きますか?」 「馬鹿なっ! そんなことをすれば、お前は殺されるぞ!」 とんでもないと言わんばかりに、カネリアが眉を跳ね上げた。 その表情の変化をおかしそうに笑って、ルセニアは手を差し出した。 「ならば、私と共に。幼い頃からずっと、母親の存在を欲していた私のために、共に生きてください。父の分まで――」 目の前に差し出された手を見つめ、カネリアは暫し逡巡した。 魔族である自分がルセニアの傍にいること、それが我が子の害にならぬか? と。 言葉にしなくても、彼女の思考は手に取るようにわかった。 誰よりも真剣に彼のことを案じるから、その手を気安く取ることは出来ないのだろう。 そんなカネリアの手をユウナが掴めば、サーラが彼女の肩を押していた。 「なっ?」 ユウナは強引に、二人の手を結ばせた。 ルセニアは目を丸くしながらも、笑みを返してきた。カネリアは息子と繋がった己が手を信じられないかのように、凍り付いている。 そこへグエンが口を開いた。 「考えたり、悩んだりするのは構わないけど。動かなきゃ何も始まらないのは、もう十分に知っているんじゃないの?」 腰に片手を当てた姿勢で軽く肩を竦めては、藍色の瞳でカネリアを見据える。 「ただジッと待っていたって、魔族と人の間は埋まらない。フランさんがその垣根を乗り越えたから、ルセニアが生まれたってこと、忘れたわけじゃないよな?」 のろのろと視線を上げて、カネリアはグエンを見上げた。 「…………」 それから、指摘された事実を確認するように、ルセニアを見やり繋がれた手に瞳を向ける。 「……フランが、初めて我の前に現れたとき……」 ポツリと呟くように、カネリアが声を発した。 小首を傾げる動きに合わせて、ルセニアの蜂蜜色の髪がさらりと音を立てた。暫くその場を静寂が占め、やがて意を決したようにカネリアは続けた。 「村の者たちに厄介ごとを押し付けられたのだろうに、不満などなさげな、屈託のない笑顔で我に手を差し出してきた……」 「……父……らしいですね」 ルセニアがそっと笑みをこぼすのを見れば、ユウナは実際には知らないフランの人柄を垣間見た気がした。 きっとフランという人間は、魔族だとか、人間だとかの境界線に拘ることなく。ただ、自分が求めるものに、感情も行動も従順であったのだろう、と。 だからこそ、カネリアも魔族と人間との間にある障害など忘れて、フランを愛した。 「……ああ。あのときから、我はきっと……フランに惹かれていたのだな」 「…………」 「だが、我はその手を取らなかった。ずっと、取らずにいたならば、ルセニアは生まれることはなかっただろう」 「だけど、貴方はフラン殿の手を取り――離した」 サーラの声はどこまでも冷ややかで、氷の矢のように、相手の胸へと突き刺さる。 でも、今はそれでいいと思う。カネリアの頬を流れる雫に目に留めて、ユウナは確信した。 大切な人を思って流す涙は、きっと悪いことじゃないはずだから。 「――ずっと、握り続けていれば……良かった。どんなことになろうと、我が守り続けると誓えれば良かった。だが、我の手一人で、フランを守れるとは思えなかった……」 魔族ではあるが女として優遇された故に、カネリアは戦うことに慣れていないのかもしれない。 だからこそ、魔族の男たちから狙われるフランを己の手で守りきれる自信はなく、やむを得ずにフランの手を離したことも仕方がなかったのだろう。 「でも、これからは……一人ではない」 ルセニアが、繋いだカネリアの手を持ち上げた。月影の下で微かに笑う。 「私にも戦う能力はある。正直、どうして自分にこのような力があるのかと思っていました。いかに腕が立とうと、矢でクマの分厚い肉を突き破るなど」 「そんなこと、できるのか?」 グエンが驚いた顔を見せれば、ルセニアは「ああ」と首肯した。 「だから、クマ退治を任された。よくよく考えれば、常人に出来ることではないな」 「……まあ、普通の人間の筋力じゃ無理だろうな」 しかし魔族なら、その拳で人間の身体に穴を開けることなど、造作はない。矢もその力を借りれば、破壊力は桁違いだろう。 ルセニアには確実に魔族の血が流れ、同じような力があるのだ。 「……ならば、貴方一人に戦わせない。私も共に戦いましょう――だから、母上」 「――ああ、共に生きよう。我は我の全てでもって、ルセニアを守る」 カネリアは涙に洗われ、迷いのない力強い視線でルセニアを見上げて言った。 例え、この先にどれだけの試練が待ち構えていても。 きっと乗り越えられると確信できる声の強さに、ユウナは再び、微笑んでいた。 * * * 「それでは、ユウナ。私たちはそろそろ、出立しましょう」 サーラの言葉に、ユウナは頷いた。 村のことやルセニアとカネリアの二人の今後など――人間とは違う寿命を持てば、いつまでも正体を偽ることが出ない。素性をさらして、この村に居続けるか、それともこの地を離れるのか――気になるけれど、そこまで気を回しても、解決できる術を知らない。 冒険者は人間の盾となり剣となって、不安を脅かす魔族と戦うだけ。 これからのことは、二人が決めて選び取る選択に賭けるしかない。 しかし、心配には及ばないだろう。 ルセニアはこの村に何が必要なのか、もう既に知っている。魔族に怯えることのない平和と笑顔。彼が自らの命を賭けて願ったものを、ルセニアは手にしているのだ。 後はそれを村人たちに分け与えればいい。子を思いやる心は、魔族も人間も変わらないということを知れば、恐れることしか出来なかった相手を理解することも、そう難しくはないはずだ。 「それじゃあ、ルセニアさん、カネリアさん。お元気で」 ペコリと頭を下げて、ユウナはサーラを振り返った。 彼女が差し出してくる左手を、そっと右手で握り返して笑う。 この手を繋げることが嬉しい。そして、いつまでもこの手を繋いでいけたらと思う。 ディアの存在を思い出せば、これからの道のりは困難が付きまとうだろう。それでもずっと、この手を繋いで、一緒に歩いていきたい。 ――未来へと。 「それでは、失礼します。ルセニア殿、カネリア殿、それに、グエン。どうぞ、健やかにお過ごしください」 別離する相手の側に何故か、仲間であるはずのグエンの名が含まれていた。 どうやらサーラは、この場にグエンを置き去りにするつもりらしい。 「俺を置いていかないでっ!」 サーラの別れの言葉に、グエンは悲鳴を上げて追いかけてきた。そうして、ユウナの空いた左手と繋ぐ。 ふと、繋がれたグエンの右手にユウナは小首を傾げた。 彼の右手を覆う手袋が引き裂かれて、しっとりと湿っていた――血が出るような怪我をしたのか? 目を見張るユウナに気づかず、グエンはサーラに向かって叫んでいた。 「どこまでも、一緒に行くからねっ! ユウナちゃんも、姫も、何があろうと守るんだから」 「別に貴方がいなくても、ユウナは私が守ります」 「なら、俺が姫を守るよっ!」 声も高々にグエンは訴えるが、サーラはうるさい、と言いたげに眉間に皺を寄せる。 「貴方の手を借りずとも、私のことはユウナが守ってくださいます。そうですね、ユウナ?」 そう薄紫色の瞳に問いかけられて、ユウナはグエンの身を心配していたことを一瞬忘れ、大きく頷いた。 彼女に頼りにされたことが嬉しくて、声も元気に張り上げる。 「はい、勿論ですっ!」 するとサーラが、グエンに向かって勝ち誇ったような視線を――ただ、彼女以外の目にそう見えただけで、実際はいつもの如く冷ややかな瞳を――差し向けて告げた。 「――ということで、貴方は要りません。消えてください」 その一言を口の端にのせると、サーラは腕を突き出した。彼女の手のひらには緑色の球体が握られている――それが風の魔法を閉じ込めた魔弾だと、ユウナが気づいた瞬間、魔法は解放されていた。 元々、魔弾は魔法を使えない者たちのためのアイテムだから――元のアイテムに魔法を込めるなどの行為が出来るのは、魔法師だけだが――誰でも使える。ただ、解放した魔法を操ろうとすれば、魔力が必要になる。 白魔法師であるサーラは魔法師としては優秀だが、黒魔法は白魔法とは使い勝手が違う。黒と白の魔法を同時に取得することはまず出来ない故に、風の魔法を自ら作り出すことはさすがの彼女も不可能だ――が、既に作られた魔法を解放し、操ることが可能ならば。 サーラの手から生まれた竜巻がグエンを絡めとり、その身体を天高く放り投げるのをユウナは呆然と見つめ――やがて、グエンの身体がバゼルダ村の北に位置する森へと消えるのを見送った。 「――ええぇぇぇぇぇっ?」 思わず目を剥いて、サーラの横顔を振り返れば、美貌の麗人は涼しげな顔で言った。 「静かになりましたね、ユウナ」 「……あ、あの、サーラさん?」 この美しき女神は、今しがたの自らの行為をどのように思っているのだろう。欠片にも表情が崩れない美貌を前に、ユウナは冷や汗を垂らした。 いかにグエンが不死身か? と、疑いたくなるくらい、打たれ強い人間だったとしても。 ……あんなに高いところから、落とされたら。 (怪我をしてしまうと思うんですが……サーラさん) そう、注意したいユウナの舌は、凍りついたように動かなかった。 きっとサーラのこの所業は、グエンに限ってのことだと思う。そう思う。 自分には優しくしてくれる彼女が、グエンと同じ仕打ちをするはずがないと思う。 思うけれど……。 (さ、サーラさんに嫌われたら……僕も?) そう考えると、ユウナの背筋に、ゾワゾワと悪寒が走った。その思考は馬鹿な考えだとわかっている。 絶対に、サーラはそんなことをしない。 確信できる優しさを知っているはずだ……が。 (せ、説明してくれると……嬉しいんだけど) やっぱり、サーラの突発的な行動には、混乱させられてしまう。多分これは、自分の甘さなのだろう。きっと、サーラには何かしらの考えがあって……それを見抜けない自分がいけないのだ。 (って……どんな考えが?) こめかみに、つと流れる冷や汗を指先で拭うユウナに――グエンの秘密を守るために、彼が怪我をした事実をユウナに気づかれないように遠ざけたのだろうと思われる――サーラが淡々と言った。 「ご心配に及ばずとも、グエンなら追いかけてくるでしょう。追いかけて来ないでくれたのなら、私としましては良いのですが」 「…………それは」 (……どうなんだろう?) もう、ここまでサーラの強さを見せ付けられてしまうと、グエンがいなくても大丈夫な気がしないでもない。短剣一つで、魔人を退けた。魔法が入った魔弾さえあれば、サーラは器用に黒魔法を操ってしまう。 これではグエンだけではなく、自分の立場も危うい気がしてきたユウナである。 (……もしかして、サーラさんって、最強?) いやいやいや。 ユウナは慌てて、心の中に芽生えた考えを否定するよう首を振った。 いかに、サーラが強くても、彼女一人で出来ることには限界がある。だからこそ、冒険者は仲間を必要としている。 サーラは、ユウナに共に旅をしてくれるようにと求めてきた。そして、グエンもまた、ユウナとサーラを仲間にと誘ったのは、不死身に近い強さを持つ彼にも、限界があるからだ。 ユウナ自身にも、魔弾というアイテムを使わなければ、魔法師として魔法の能力を十分に発揮出来ない。 それぞれが限界を持っているから、その穴を埋めるために仲間を求めた。ならば、三人が揃っていなければならないはずだ。 そしてそれは、サーラの「グエンなら追いかけてくるでしょう」という言動からも、グエンが絶対に追いかけてくるという確信があるから。 だから、グエンを突き放すような真似が出来たのではないだろうか? (……サーラさんって、本当にグエンさんのことを何とも思っていないのかな?) あんな無茶なことが出来るのは、強い信頼の現われなのでは? と。少し疑りかけるユウナにサーラが続けた。 「正直に言って、ユウナ。私は疲れています」 「えっ?」 いきなりのその一言に目を瞬かせて、ユウナはサーラが本日、繰り出した魔法を思い出す。 村人たちにカネリアが死んだと思い込ませる工作に屋敷を破壊する際、内側にいたユウナたちを守るためにサーラは結界を張った。そして、破壊行為が村に影響を与えないよう、そちらにも結界魔法を敷いていた。 カネリアが発動させた魔力の桁、その魔法規模を思い返せば、サーラの疲労は想像に難くない。平気な顔を見せるだけでも、辛いかもしれない。 「ですから、せめて次の町までは静かな時間を過ごしたい。そう思うのは、私のわがままでしょうか?」 少しだけ目を伏せて、ため息をこぼすサーラを前に、ユウナは首を横に振ることなんて考えられなかった。 「いいえ、そんな、わがままだなんてっ! ごめんなさい、サーラさん。僕ってば、気が回らなくって」 「いいえ、ユウナ。私が疲労するのは、私の修行不足によるものです。あなたが気に病むものではありません」 「でも……」 「もしも、気遣ってくれるのでしたら、ユウナ。私たちは先を急ぎましょう。宿に向かえば、休めますから」 サーラがそう請えば、ユウナは大きく頷いていた。 「はい、そうですねっ!」 この瞬間、お人好しなユウナの頭の中には、サーラを一刻も早く休ませなければ、という使命感にも似た決意が満ち溢れていた。 * * * そうして、グエンの存在がユウナの思考回路からすっかり忘れ去られたこの現実は果たして、どこまでサーラの故意によるものか……。 手を繋いで歩き出した二人を月光が照らす。 銀に輝く光を受けて、美しき女神の微笑が意味するところを、鈍感なユウナが気づける日が来るのか、否か。 翌日、宿屋で朝を迎えたユウナとサーラの前に、グエンが泣きながら現れたのは語るまでもないことならば。 サーラがグエンに向かって放つ言葉もまた、語るまでもないことだろう。 相変わらずの三人の旅は、相変わらずの調子で続くようである。 少しだけ、波乱の予感を覚えながら。 「沈黙の代償 完」 |