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 ― 13 ―


 責めることは簡単だと思った。
 どうして、こんなことをするんですか? と、声を荒立てて叫べばよいだけだった。
 でも、ユウナは唇を噛んだ。声を封じた。
 目の前に立ち塞がる男たち。その身を包むのは、灰色の外套。それが魔族の手下の証であることは、ジェンナから聞いていた。
 だけど、その灰色の外套に身を包むのは、魔族側についた相手を油断させるためだと。
(――どこから、嘘?)
 魔族討伐と共に計画された王国解放。
 魔族側についた私兵の動きを封じるために、“解放軍”と名乗った彼らに従ったユウナとサーラは、グエンと別れて違うルートから王城へと接近した。
 難なく王城の敷地内に侵入したとき、おかしいな、とユウナは感じた。
 幾ら、魔族側の扮装に身を固めて――ユウナとサーラは、不審者として連行されているという形を取って、前後を押さえられながら――移動しているとはいえ、まったく警戒されずに城内に通されるなんて。
 魔族側は“解放軍”の存在を目の敵にはしていないのかもしれない。けれど、そんなことが本当に?
 その疑問は直ぐに晴らされる。
 王城の一角に、観客席を設けた広場があった。中央には周囲より少し高く土が盛られ四角く削られた石が敷かれていた。
 騎士たちが己の剣技を競い合うような、闘技場か。そこへ通されたユウナは、待ち構えていた集団の前に引き出される。
“解放軍”の仲間だと紹介された男たちは、灰色の外套に身を包み、ユウナとサーラを取り囲んだのだ。
 その手には、それぞれ武器が持たれている。
「さてさて。綺麗なお嬢さんたちには、大人しくして貰いましょうかねぇ。逆らえば、あの剣士の命はないですよ。それに痛い目を見ますぜぇ、せっかくの上物に傷をつけたくはないんでねぇ、よろしく頼みますよ」
 ユウナたちを導いた強面の男が、驚愕するユウナを前にして、本性を曝すように下卑た口調で言った。恐らく、この集団を取り仕切るリーダーなのだろう。
 その男をヒタリと見据えて、サーラが頬を傾けて問う。
「本物の“解放軍”は、どちらに?」
 動揺など感じさせない淡々とした口ぶりに、混乱しかけたユウナの意識は冷静さを取り戻す。
 指先に繋いだ手を守るのだと、自分は決めた。こんなところで、慌ててなんていられない。
「残念ながら、“解放軍”と名乗っていた残党は既に捕まりましたよ。今頃、俺たちの仲間の監視下で重労働をさせられている。いい気味ですねぇ」
「いい気味と?」
 低く笑った男にサーラが重ねて問う声は、硬質な棘を孕んでいた。不快さを具現化させたそれは、ユウナの感情を代弁しているようだ。
 どうして、この人たちは同じ人間の不遇を笑うのか?
「いい気味だよ。貴族だ、何だと威張り散らしていた連中だ。結局、王族のおこぼれに預かっていた奴らの末路を笑って――何が悪い」
 男の目に怒りの炎が揺らぐ。
「なるほど。では、魔族の恩恵に縋る貴方たちを、私たちが笑ったところで責められることはないというわけですね」
 薄紫色の瞳が、こちらを取り囲む男たちをねめつける。
 カッと靴音を鳴らして、リーダーの男が距離を詰めてきた。頑強そうな顎に太い腕は労働階級のものだろう。鍛え上げたと言うより、肉体労働に耐えうるために食を取り、労働の末に、身体についた肉が筋肉へと変わったという感じだ。
 ガリアという王国に仕えていた騎士、ギルバートのような洗練された身体つきとは明らかに違った。
「立場をわかっていないようだな」
 荒々しさを感じさせる足の運びに、乱暴な口調。彼が属する階級は歴然だった。それ故に、王国解放を願った“解放軍”に悪意を持つのだろうか。
 迫ってきた強面の男を前に、ユウナはサーラを背中に庇う。
「サーラさんに、触れないでくださいっ!」
 ユウナは杏色の瞳で、リーダーの男を睨んだ。一瞬、男は動きを止めたが、直ぐに太い腕がこちらに伸びてくる。
「ガキが一人前に、騎士気取りかよ。そんなひ弱な腕で、女を守ろうってか?」
 笑わせるんじゃねぇよ――と、せせら笑いと共に放たれた拳はサーラの一言によって阻まれる。
「<黄金の盾>」
 凛と響く声によって構成された魔法の盾が、男の拳を受け止めては金色に光り輝いて弾いた。
 並みの壁よりも硬い魔法の盾にぶつけた拳は鈍い音を立て、男は苦悶の表情を浮かべた。
「私のユウナに触れないでください」
 さらりと、サーラが主張する。
 守ろうとしたはずが、守られている現実にユウナは肩越しにサーラを振り返っていた。そんな場合じゃないのに、ちょっと寂しいと思ってしまった。
 しかし、サーラは無感動に手のひらを抱える男を見据えて、続けた。
「立場をわかっていないのは、そちらでしょう。私たち魔法師を相手にしようなど、身の程を弁えたら、少しは長生きできたでしょうに」
 サーラは周囲を取り囲む男たちに向かって、辛辣に言い放った。
 最初、囲んでいた男たちは数人だったが、隠れていたのか、今は何十人にも膨れ上がり、二重三重にユウナたちを包囲していた。
 簡単に突破するのは難しい。まして、相手は人間だ。
 それでも、サーラを守らなければならないと心を決めて、ユウナはポケットに忍ばせていた魔弾を手のひらに包み込む。
「俺たちとヤルってんですかい? 冒険者は人間の味方ではなかったのですかねぇ」
 リーダーの男は拳を痛そうに抱えながら、言った。
 負け惜しみにも取れるそれを受けて、ユウナは唇を噛む。手の中の魔弾が冷たい。
「その入れ知恵は、ジェンナのものですか」
 冷ややかな声がジェンナの名を口にすれば、男の表情に緊張が走った。男の瞳に爆ぜていた憎悪の炎が、一瞬にして凍結する。
「あの男に、私たちが歯向かうようだったら、「被害者」ぶれとでも、言われたのでしょう。人間を強調すれば、私たちが決して貴方たちを害しないと」
 怜悧な瞳は男を見据えて、全てを見透かしたように指摘した。
 サーラの声を片耳にしながら、ユウナはジェンナに計算尽くされていた自分を自覚する。
この国に来るまでに、交わされた会話によって、ユウナの性格はジェンナに把握されてしまったのだろう。
 理想論を語る青さと、人間を前にしてしまうと行動を躊躇してしまう甘さ。
 じっとりと手のひらが汗に濡れる。
 目の前にいる私兵を相手に、本気で魔法を揮えるだろうか。魔弾から解放された魔法を、魔力で調整すれば、大した傷を負わすことなく退けられると思うのだけれど――勿論、それには細心の注意が必要で、ユウナ自身の負担は大きい。
 それで良いのだろうか。ここは過去のグエンを見習って、手厳しく対処した方が良いのでは?
 思考を巡らせているユウナの肩越しに、
「害しないと、本気で信じているのですか? 裏切り者の言葉を」
 サーラは相手を揺さぶるように、言の葉を唇から吐き出した。
「俺たちに歯向かってみろ……あんたたちのお仲間がどうなるか、わかっているのか」
「知りませんね」
 間髪入れずに、サーラは言い切った。折れることなど知らない、どこまでも真っ直ぐに伸びる玲瓏なる声。
「あの男がどうなろうと、私たちの関知するところではありません」
 グエンに対するサーラの徹底した態度は、ユウナも既に承知していたが。
(……グエンさんがいなくても……冷たいんだ)
 そこまで嫌いと言うよりは、グエンの腕を信用しているのだろう。
 ジェンナが裏切ったところで、グエンが負けるはずがない。それは確信となって、容赦なく彼を切り捨てる。
 現在、目の前の状況を対処すべきなのは、グエンではないのだ。
「……薄情なアネさんだな」
 予定とは違う現実を前に、男は頬を引きつらせた。焦燥がぴくぴくと震える頬肉の痙攣に、如実に現れていた。
 勝ち目のなさそうなサーラから撤退し、男は目をユウナに向けてくる。
「お前さんも、そう思うのかい? あの剣士がどうなっても構わないと」
「構わなくはないですけど。……少なくとも、グエンさんは誰かに負けたりはしません」
 グエンの剣の腕が、一級品であることをユウナは十分に知っている。今は、グエンの強さを信じるのだ。
 ユウナは男の視線を跳ね返すように、睨んだ。
「そんなに強いのかい、あの剣士は」
 苦々しく吐き捨てながら、それでも男はユウナを試すように続けた。後には引けないことを知っているのだろう。
 どんなに武器を持って頭数を揃えても、魔法師の魔法相手にはひとたまりもない。
 たった一人の魔人を前に、陥落したこの国の現実を知れば、魔法の脅威は人間にとっては太刀打ち出来ない代物なのだということを。
「……でもさぁ、あんたらが酷い目に合わされると知ったら、どうだ?」
「…………えっ」
 男の一言に、ユウナの気持ちは揺れた。揺さぶられた。
 そして、ジェンナが二手に分けた理由を知った。
 戦力の分担は、互いの無事を確認できないようにするためだった。
 ジェンナが信用できない以上、グエンが窮地に陥っている可能性もあれば、グエンの側ではこちらが同じように危険な目にあっている可能性に目を潰れない。
 幾ら信じると言っても、距離が不安を募らせる。グエンは仲間思いであるから余計に、こちらを盾に取られたら……。
 グエンは無防備になってしまうかもしれない――その確率に、ユウナは身体が震えた。
「……っ!」
 卑劣なジェンナの計画を前に、降伏するしかないのだろうか?
 反論する声が出せないユウナは、屈服するように男から視線を伏せた。
「――だから、どうしました?」
 俯いたユウナの後頭部をかすめて、冷ややかな声が飛んだ。
「あの男がどうなろうと、私たちは関知しないと言ったはずですが? 貴方の記憶力は数秒も持たないようですね」
 振り返ると、サーラが無表情に唇を動かしていた。
「――仲間だろっ?」
「仲間であるのなら、私たちのために殉じるのも本望でしょう。勝手に、死ねば良いだけです」
 この瞬間、この場にグエンがいたのならば。
(……グエンさん……泣いちゃうかも)
 ユウナは自分が置かれている現状を忘れて、グエンに同情した。それくらいに、サーラの声は素っ気なく、言葉は容赦なく辛辣だった。
「最も、私はグエンのために死んでやる気はありません」
 だけど、呪縛に身動きできなくなっていたユウナを解放させるには十分だった。
(そんなこと……グエンさんは望まない)
「ユウナ、貴方は? グエンのために、死にますか?」
 薄紫色の瞳が問いかけるそれに、ユウナは迷いを断ち切った。
「死にません。生きていれば、グエンさんを助けられる」
 頭を振るって、ユウナは前方に――男に目を向けた。
 ここで無防備になっては、ジェンナの思うツボだ。どちらも囚われてしまったら、助け合うことも出来ない。
 戦力分担は、互いの安全確認を不可能にするためであると同時に、三人が一緒であればその戦力がこの国を支配する魔族にとって脅威になると、ジェンナが判断したからだ。
(一人が欠けても駄目なんだ)
 グエンとは約束した。
 必ず、駆けつける、と。
 グエンは言った。
 それまでは、がんばるから、と。
「――僕は、降伏なんてしません。貴方たちが歯向かうと言うのなら、僕は戦います」
 手のひらの魔弾をギュッと握りこんで、ユウナは決意を響かせた。


                   * * *


 灰色の背中が、大きな扉の前で止まった。重厚な扉の向こうは、今まで歩いてきた城の位置から考えると、王がいる謁見の間に相当する場所か。
 空間の広さを想像させる扉に背を向けて、ジェンナは手にしていたグエンの剣を、返してきた。
 黙って受け取り腰の鞘に収めながら、土色の瞳を見つめ返す。そこに宿る真意を確かめようとすれば、ジェンナは唇を歪めて笑った。
「奴に歯向かえるのなら、歯向かえばいい」
「…………」
「そのときは、間違いなくあの二人は死ぬぜ?」
 ジェンナの呪いの言葉を耳にして、グエンは思う。
(……わかっていないんだな)
 自分の命と仲間の命。どちらが重いかなんて、歴然たる事実で。今さら確認されることではない。


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